④止血と新しい仕事
ミレは自分の腕に向けて銃を撃った瞬間、鎮痛剤の効き目がこんな風に発揮されるのかと実感した。弾丸が皮膚に当たり肉を抉る感触と衝撃はあったが、まるで指先で弾いた程度の僅かな痛みしかない。だが、どうしても出血は止められず白い腕に小さな赤い点が飛び散った。
「確かに……痛くないです」
「ああ、そうだろうな。それじゃ弾が残ってないならバンテージで血管を締めて止血して」
想像より遥かに軽い痛みについ表情を緩めそうになるミレだったが、マデュラは彼女にそう言うと赤いナイロン製の止血帯を渡す。そのバンテージを受け取り肘の内側をマジックテープできつめに締め、血流を止めてからポーチを開けて丸くカーブした手術針と吸収性縫合糸(抜糸不要で体内溶解する)で彼の言う通りに縫合する。まず、傷口の端から内側を経て皮膚の外側へと針先を通し、糸を引いて反対側の傷口から内側へ、そして再び皮膚の外側へと交互に針と糸を操り縫い上げる。それを左右左右と何度か交差させていき、最後の針先が皮膚の外に出たら幾度か巻き付けて結び合わせる。
「……その縫い方は覚えておいてくれ。裂傷を塞ぐ場合は医療用ホチキスも使えるが、この方が簡単だろう?」
「……はい、判りました」
まだ鮮血が滴る傷口に止血絆創膏を貼り、上から包帯を巻く前にポーチ内の殺菌シートで血を拭いながらミレが返答する。
「……よし、入団テストじゃないが合格だ。サルベージの初等訓練で習ったか?」
「いえ、母が若い頃看護士だったので……」
「そうか……どちらにしても十分だ」
やがて徐々に鎮痛剤の効果が切れてきて傷口の痛みがズキズキとミレを苦しめるが、マデュラは慣れておいた方が良いと言って彼女を特別扱いはしなかった。
「じゃ、出かけるぞ」
「……何処にですか?」
「決まってるだろう、サルベージの服を着たままスカベンジャーは出来ないから着替えを買いに行くぞ」
てっきり解散するのかと思っていたミレは口を開きかけるが、これから自分が行う私掠行為が始まれば問答無用で動き続けるしかない。
「判りました、行きましょう」
ミレは毅然とそう告げて応じ、捲っていた袖口を降ろして包帯を隠した。
「……まだ痛むか」
「ええ……まぁ」
隠れ家からステーション闇市場に戻った二人だが、流石に痛みを堪えて俯き気味のミレにマデュラが声を掛ける。無論、ついさっき縫合したばかりで鎮痛剤も既に切れている。
「……ロキソニンだ、多少は収まる」
そう言ってマデュラが一般服用の痛み止めと飲料水のペットボトルを差し出すと、勧められたミレは黙ったまま受け取り一錠飲み込む。
「……ありがとうございます」
「これからは日常的に撃った撃たれたになる、早く慣れるんだな」
「……そうですね」
マデュラの言葉にそう答えると、ミレは少しでも痛みから気を逸らそうとしてか彼に問い掛ける。
「ところで、着替えすると言われましたが……」
「そうだ、君の体型に合った服を探さにゃならん。残念ながら女性サイズの専門店は無いから男物から選んでもらう」
「ええ、大丈夫です」
ミレはそう答えマデュラと共に迷彩系を広く扱う店に入り、そこで出来るだけ小さなサイズの都市型迷彩の上下(無論中古品だが)を揃えて貰う。
「……ブーツはそのままで良いが、ヘルメットとバイザーは変えなきゃな」
「結構高いんですね……」
官給品のセットと違い更に防弾性能の高い物を手に取り、その値段が一桁違うのにミレは驚く。だが、確実に自分の命を守る物なので文句は言っていられない。
「取り敢えず立て替えておくが、ついでにヘッドセットも揃えないとな」
「通話用ですか?」
「いや、至近距離で発砲しても衝撃波から鼓膜を守る為だ。それに大きな音をキャンセルする代わりに小さな音はデジタライズされて増幅出来る」
射撃練習の時に装着した防音用と違い、戦闘場面で装着するヘッドセットは発砲で生じる衝撃波を防ぎ、周囲の物音は聞こえるように設計されている。
「……ハイテクですね」
「現代戦の必需品だよ、但し格闘戦の際は外しておいた方が戦い易い」
「格闘戦……ですか」
「不意を突かれて接近されれば、否応無しさ。まあ、そうなる前に撃てばいいだけだ」
ミレはヘッドセットを装着しながらマデュラの話を聞き、小柄で非力な自分が大柄な相手と徒手空拳で戦うような状況を想像し、そうならない事を祈るしか無かった。
ステーションで装備品を揃えたミレとマデュラは、一旦隠れ家に装備を預けてサルベージを終えた体で帰投する。無論、実質的な収穫を得なかった二人は貢献度ゼロ評価をされてしまうが、
「……明日になったら、母親を連れてステーションに来なさい。どうせ二度と戻らないからな」
「えっ?」
「おいおい、サルベージを放棄して母親が人質になっても良いのか」
「……あ、そうですね」
マデュラにそう説得されて状況を把握したミレは、帰宅して母親に自分の状況を説明する。無論、只の転職とは全く違う娘の決断に母親は快諾出来なかった。
「そ、そんな危険な事してまでお金なんて……」
「でも、先の事を考えたら選択肢はないわよ」
「……ああ、ミレ……でも、でも……」
娘の決意が変わらない事を知り、母親は悲嘆しながら迷う。だが、彼女も現行政府からの僅かな配給で暮らす不安を感じていた。だからこそ、ミレの言葉に抗えない自分の弱さに我が身が張り裂けそうになり、それに反し僅かな希望を抱く心境で涙を零した。
「……判ったわ、ミレ……でも、これだけは約束して……何があっても、必ず生きて帰ってくるのよ」
やがて泣き止んだ母親はミレにそう告げると、最低限の荷物だけ纏めて住居を出る。まだ朝日も昇らぬ黎明の市街地を二人で進みながら、母親はミレに問い掛ける。
「……そのステーションって所は、何か働く場所はあるのかしら……」
「うぅん、どうだろ……」
夜逃げ同然に家を出た母親だったが、全ての生活をミレに依存してまで苦労はかけたくない。そんな気持ちでそう聞いてみるが、娘のミレも流石に即答は出来なかった。




