⑥【大穴(おおあな)】
(……やれやれ、只のスケベ野郎で助かった!)
ミレは余り意識せず男達を撃退し、隠しておいたリュックを掴みさっさとその場から離れていく。下手に騒ぎになればミレ自身に余計な嫌疑が降り掛かるし、傷害沙汰にでもなれば百害あって一利なしだ。
「……あれ、そう言えば勝手に身体が動いた気がするなぁ」
足早に立ち去りながらふと気付き、ミレは以前の自分なら躊躇と遠慮で手も出なかった筈なのに、今は考えるより先に蹴りが出せた事に驚く。そして、もしやと思い一区画離れてからリュックを背負い直し、集合住宅の階段を身軽に駆け登っていく。トトトッと足早にミレは階段を上がって五階に辿り着くと、踊り場で軽く足首と肩を回してから、
「……いひょっ!」
また変な掛け声と共に手摺りに足を掛けて斜め下に飛び、狭い隙間を抜けて欄干に爪先を載せると勢いを削がずトンッと跳ぶ。
「あー、判っちゃったかもっ!?」
宙を舞いながらミレは微笑み、自分が予想以上に体幹制御と平衡感覚が向上している事に気付く。そしてシューズの底でセメントの壁面を感じながら落下速度を殺し、再びトンと跳躍して三階の踊り場に着地する。
「あー、あー! パルクールとかって、こういう感じなのねっ!!」
アハハッと笑いながらそう叫ぶと、再び跳ねながら壁を蹴り階段の外に向かって飛び出した。だがそのまま落下するかといえばそうでは無く、僅かに飛び出た庇を足場におととっと言いながら止まり、そこから二階の庇、そして一階の地面に着地する。そして図らずも発現した自分の才能にうんうんと満足げに頷くと、
「……こーゆーの、思わぬフクサンブツって言うのかな!?」
トントンとシューズの裏でリズムを刻みながらミレは自画自賛した後、パルクールを駆使してあっと言う間に降りてきた集合住宅を見上げる。
「……んむぅ、でも落ちちゃったら骨折じゃ済まないよね?」
と、今更ながらちょっとだけおっかなくなり、ぷるるっと背筋を震わせた。
「……って事がありました、じゃねぇよクソガキっ!!」
「痛たっ!?」
一部始終を得意げに話し終えてドヤ顔のミレだったが、モデロは容赦無い平手打ちで彼女の頭頂部をパチンッと叩く。
「もーっ、つむじはモロだから痛いのにっ!!」
「……あのなぁ、ちっとだけ動けるようになったからって調子に乗るなクソガキ!!」
「ま、無事だったのは良いがよ、モデロの言ってんのも判るだろ」
ミレの特訓も一段落し目立つ痣も消えた今、そろそろ新たな仕事をするかと集まった面々だったが、彼女の話を聞いたモデロは怒鳴りつけガラルトはそう諭す。初心者から脱したミレだったが、だいたい大怪我をするタイミングは慣れた頃に訪れる。彼等はそれを心配し、調子に乗りかけたミレに釘を差したのだ。
「まあ、気持ちは判らんでも無えが、今は自重しとけ」
「……はぁーい」
やや不服そうにミレは返事するが、二人の言う事もごもっとも、である。そう思い少しだけミレも静かになるが、ニセロが一枚のプリントを差し出しながら話を切り出すとその場の空気が変わった。
「……【大穴】? 聞いた事も無えな」
「ねえ、モデロ……何それ」
「クソガキが馴れ馴れしく聞いてんじゃねぇ!!」
「……ぎ、ギャンブルの、大儲け出来るって……い、意味かな」
その紙片には発見された未知の地下空間、【大穴】についての詳細と調査結果が記載されていたが、そもそも紛争状態のここにどうしてそんな物が有るのか答えは無かった。
「それはそうだ。発見されたのは紛争が始まってからで、それまでは只の石灰岩の採掘場だったらしい。名前も偶然発見した採掘場の技師がそう呼んだだけで、公式に発掘調査が行われた訳じゃない」
「……まあ、俺達にお声が掛かるならよ、教授連中と一緒に潜る訳じゃねぇな」
ニセロにそう言われてガラルトは紙面をざっと眺めるが、やがて眉を顰めて表情を曇らせる。
「……こいつを書いた奴は実際に行ってみたのか? 降りた者は誰も帰って来なかったって書いてあるぞ」
「軍の偵察部隊が駆り出されて、ある程度までドローンを使った地図の作成はされたらしい。そいつが流出したせいでスカベンジャーが知る事になったが、持ち帰った情報は眉唾物ばかりで軍隊は早々に引き揚げたそうだ」
紙面を指で弾きながらガラルトが指摘すると、ニセロはそう答えて二枚目を差し出す。
「……詐欺師かペテン師が教科書から無断転載したんだろ、大方な」
「私もそう思ったが、発掘品の画像はオリジナルだ。類似する画像は検索してもネット上に無かった」
ニセロが指差す画像には、誰かが手に持って掲げた宝石付きの装飾品や金貨が写されていた。だが、次の画像には幾つも並ぶ死体袋と項垂れて頭を抱える生き残った兵士一人だけで、そうした宝飾品は全て消え失せていた。
「……こいつがこれを書いたのか」
「いや、この兵士は帰還して直ぐ入院したが、夜中に発狂して三階の窓から飛び降りたそうだ」
ミレはそんな話を聞きながら紙面に目を走らせると、さも当然とばかりに言い放った。
「……じゃあ、早く行かないと先を越されちゃうよね?」




