②レベルアップ
ミレの母親はステーションから離れた上流階級居住区の片隅で、穏やかに葬られた。もし、居住モジュールの雑然とした室内で死去していたら、このように平穏な葬儀は行われなかっただろう。きっと防染服で身を包んだ役所の作業員が来て、消毒粉を撒いてから袋に詰めて持ち去るのみだ。そして、死亡診断書が届くだけで別れの儀式も何も無い。市民登録を抹消された違法居住者の扱いをされてしまうと、たったそれだけで終わりなのだ。
しかし、偽装した身分のまま母親を富裕者層と同じように埋葬する訳にもいかず、ミレは個別埋葬よりワンランク下の集団埋葬を選んだ。身寄りの無い高額所得者の中には、死後の淋しさが紛らわせるかもしれないと少数ながらそうした埋葬法を選ぶ者も居て、そんな希望者の為に石碑が用意されていた。そこなら死亡診断書さえあれば埋葬も出来るし、ミレが墓参に行っても怪しまれずに済むのだ。
(……あっと言う間だったなぁ……)
ミレは黒い喪服のまま、母親が埋葬された石碑と向かい合ってそう思う。偽った身分のまま自分の母親を埋葬した罪悪感よりも、同意の元で延命装置を停めた事の方が重かった。だが、回復の見込みが無いまま管だらけで生かす方がずっと辛かったのだ。
(……でも、思ってたよりずっと……悲しくなかったな……)
ベッドの上で元気そうに振る舞う母親は、ミレから見て苦労しながら日々を過ごしていた頃より幸せに見えていた。きっと、母親の心中はもっと複雑だったのかもしれないが、それでも苦しみながら生きるより楽だったのだろう。そして、そう考えなければミレはこれから先の事は判らないのだから。
「……お袋さんの事だがよ、残念だったな」
ステーションの一角にあるトレーニングジムで何日か振りに会ったガラルトにそう言われ、ミレは首を横に振る。
「ううん、もう過ぎた事だから……それに、皆さんには色々とお世話になりましたし」
汗を拭きながら健気にそう答えるミレだったが、ガラルトを始めステーションの面々、そしてニセロやトクナレにまで様々な助力や声掛けをしてもらったのだ。彼女にしてみれば、彼等が支えになってくれた事がどれだけ励みになったか。
「無理すんなよ、お前が妙なもん抱えてりゃ俺達に影響しかねん」
「うん、判ってます。でも、だからこそ立ち止まってたらダメな気がするし」
「……そうかい」
ジムの外に出ながらガラルトはそう答え、胸ポケットからタバコとライターを取り出す。そして火を点けようとした瞬間、同じタイミングで隣から着火する音が聞こえて首を巡らせると、
「……な、何ですか?」
彼とは違う銘柄のタバコに火を点けようとしていたミレと目が合い、彼女は隠し事が見つかったようにあたふたし始める。
「……お前なぁ、何カッコつけてんだ」
「いや、カッコつけてるんじゃなくて……」
そう言いながら煙を吸い込み、直ぐ吐き出して目を白黒させながら(これで良いのか?)と言いたげに携帯灰皿へ灰を落としている。
「……まあ、好きにしてくれや」
少し苦笑いしながらガラルトは呟き、ミレが母親の死を少しでも紛らわせようと努力している事にだけ、安心させられる。そう思うガラルトだったが、そんな彼に向かってミレが話し掛ける。
「……ガラルトさん、私……もっと強くなりたいんです」
「……んぁ? どうしてだ」
ミレの発言にガラルトは問い返すが、彼女の思い詰めた表情を見て冗談等ではないと理解する。
「……銃に頼るだけじゃなくて、こう……何と言うか、総合的に強くなりたいんです」
「言っている意味は判るがよ、例えば俺とお前が格闘技でやり合ったら勝てると思うか」
「あはは、今のままじゃ瞬殺でしょうね……」
流石に体躯も技術も全く段違いなガラルトの言葉に、ミレは苦笑いする。だが、それでも彼女は諦めない。
「……でも、以前観た動画で極東の達人が、何だか判らない技で、こう……投げたり躱したりするの見た事あって……」
「ああ、そりゃジュージュツだな。相手の関節の駆動角度を抑えながら投げたり、極め技で抵抗出来ないようにする奴さ」
「そう! ジュージュツです!! ……まあ、同じように出来なくてもよくて、いきなり殴りつけられそうになっても避けたり出来ればいいかなって……」
ミレの説明にガラルトは理解を示し、彼女なりに選択肢の中から体躯の異なる相手に抵抗する手段を模索しているのだと判った。
「……そうだな、お前が銃だけを頼りに生きていける程、この世の中は甘くねぇ。そして同じように生きている連中は幾らでも居るし、そんな連中と張り合ってミレが勝てる保証も無ぇ」
ガラルトの言葉に無言で頷くミレだったが、彼女の決意は揺らがない。
「そうです、確かに。でも、必ず素手でやり合わないといけない訳じゃないし、色んな選択肢が有れば生還出来る確率は増えると思うんです」
「……そうだな、確かに」
ガラルトは同意しながらタバコを揉み消し、設置型の灰皿に投げ捨てる。そして持っていたライターをポケットの中に仕舞うと一瞬の動きで鍵束の一本を指の間から突き出し、それをミレの頸動脈に押し付ける。
「……って感じでな、直ぐ動けるよう訓練を繰り返してきたのさ。同じ動きを何回も、何回もだ」
ごくり、とミレの喉が動くとガラルトは鍵を引っ込めて彼女から離れる。
「……全然、見えなかったです」
「そりゃあそうだ、暗殺術ってやつはな、相手の不意を衝いて一瞬で終わらせる為の技術さ。いちいち殺りますって言いながらやるもんじゃねぇ」
ガラルトの説明に、ミレは高鳴る動悸が鎮まらない。その理由が彼の見せた本物の技術に対する畏敬の念からか、それともこれから先に待ち受ける過酷な訓練に対する畏怖からなのか、判らなかったが。
「……知っていたら、きっと何とかなるかもしれませんよ?」
そう告げるとミレは微笑んでから、改めてガラルトに頭を下げた。
「だから……ガラルトさん、私にあなたが会得している技術を教えてください」




