①黎明
「……魔女? お前さん、ハロウィンが近いからって無理に冗談を寄せんで良くないか」
「おじさん、そう思うのが普通だけど……これ見てもそう思う?」
「……だいぶ古いな、しかも……純銀製じゃないか」
「でしょ? わざわざ冗談の為に作る程、ミレは暇じゃないから!」
「ふむぅ、しかし魔女とはね……」
「それでね、あ……ちょっと待って!」
ミレは顔馴染みのステーションの弾薬屋で買い物ついでに世間話をしていたが、そんな折りにスマホの着信相手が母親の入院先と知って即座に通話をする。
「……えっ、急変!? でも三日前に訪ねた時は普通に話してて……はい、はい……そうですか……」
ミレの表情を見て弾薬屋のマルドロは口を閉じ、成り行きを見守る。そして、マルドロが通話を終えて黙り込むミレに掛ける言葉を選んでいると、
「……危篤状態だって、危篤って……危篤だよね?」
ミレがそう言いながらしゃがむと、両腕で膝を抱え込みながら顔を伏せる。そして誰に聞かせるでもなく呟き、そのままゆらゆらと身体を左右に揺らす。
「……キトクってさ、良く治らないヒトがなるんだよね……お母さん、病人だから……治らないと、もしかしたら死んじゃうかもしれないって……覚悟してたけど……」
言葉を選んでいたマルドロは即座に決め、ミレに向かって多少乱暴かと思いながら怒鳴りつける。
「……ミレッ! てめぇの母親が死にかけてるんならよっ、今直ぐ飛んでって面拝んでこいっ!! それまでニセロんとこに絶対に行くなっ!! 仕事は休め!!」
「ひ、ひゃいっ!?」
ミレはマルドロにいきなり怒鳴られて一瞬飛び上がったが、彼の表情とひくひく痙攣している眉毛を見て、
「……うん、いってくる!」
すっ、と立ち上がり急いで身支度を整える為に走り出し、その道すがらスマホを操作しながら通話する。
「……ミレです……後払いで、最速のトランスポートをお願いします!!」
とんとん、と指先でタバコの灰を灰皿に落としながら病院の出入り口を眺め、トクナレは考え込む。
(……何も話さなかったけど、あの子の様子見りゃ母親が悪化したんだろうね……)
突然電話が鳴り、通話相手のミレはトクナレに最速且つ最善策で超上流階級専門の病院に最短で行く事をせがんだ。あの、物分りが良くてステーションの連中と比べて群を抜いて常識的なミレが、だ。
トクナレはミレの願いを叶える為、所有している車両の中で最も高級なワイドリムジンの四輪駆動車(官僚の馬鹿息子が道楽で造らせた悪趣味な車両を買い叩いた)を引っ張り出し、自分も出来る限りキチンとした身なりを心掛けて急行した。結果から言えば、ミレの生体認証さえ有れば全ての検問はスルーパスだったが、その点に関して詳細を知らないトクナレは面食らってしまった。
「……あー、どうだった、ミレ……」
見るからにしょぼくれた印象のミレが病院から出て来るのが見え、トクナレは慌ててタバコの火を消して車から飛び出した。そして黙って歩く彼女に付き添いながら尋ねると、
「……うん、もう話も出来なかった……手を握っても答えないし、寝てるのかなって思っちゃう位、静かだった……」
無表情のままそう答えると、ミレは歩くのを止めて昼前の空を見上げる。
「……いつか、こうなるんじゃないかって思ってた……だって、昔東側の軍隊が撒いた兵器が身体に溜まっちゃうと、ああなって助からないって聞いた事あるし……」
そう呟くミレの肩に触れようとトクナレが動こうとしたその時、病院の前を武装した兵士を乗せた装甲車が通り過ぎていく。
「……私、生まれた頃からお母さんと二人きりだったし、お父さんとは会った事無いから……独りになっても……」
「ミレ! そういう達観した事言うんじゃない!!」
その車列を眺めながら、そうミレが呟くとトクナレが怒鳴りつける。
「いいかい! お前さんは苦労し過ぎて鈍感になってるだけだよ!! 見向きもされないなんて有り得りゃしないから!! この私が証拠だよ!!」
トクナレがそう言うと、ミレは泣き出しかけて顔を歪めるが、
「……うん、ありがとう……きっと、そうかもしれない……っ」
精一杯堪らえつつ、それだけを絞り出すように呟いて歩き始め、車両に乗り込むと涙が枯れ果てるまで泣き喚いた。
「……トクナレさん、タバコって美味しいの?」
泣き腫らした赤い目のまま、ミレは助手席からそう尋ねる。
「んぁ? うーん、そう……美味きゃないね」
「じゃあ、どうして吸うの?」
再びミレが聞くと、彼女は車の窓を少し開けて外気を取り込みながら一本咥え、真鍮製の鈍く光るライターの着火点を指先で跳ね上げて火を点ける。
「……プラス・マイナスゼロにする為かねぇ」
「……プラス・マイナス?」
「そうさ、タバコは身体に悪い、でも吸えば魂が軽くなる。だから、プラス・マイナスゼロさね」
「魂、ねぇ……じゃ、一本ちょうだい」
「おいおい、本気かい? しょうがないね……」
ミレがそうせがむと、トクナレは困ったように頭を掻きながら箱から一本取り出し、ライターと共に手渡す。受け取ったミレは、見様見真似で咥えタバコに火を点けて吸い込み、むせながら即座に吐き出した。
「……ごほっ、ごほっ!! いやあああぁ、口の中がニガニガするぅ!!!」
「あはははっ、ミレったら……」
トクナレは一瞬だけミレを笑ったが、それが彼女なりの気の紛らわせ方だと気付いて笑いを引っ込める。
「……やっぱり、タバコの事はよく判んないけど……とにかく、お母さんはこのままお金持ちの住む所でお葬式しようと思うの。だって、向こう側でやっても、焼かれて箱詰めされて、棚に積まれて終わりだもん……」
意を決したようにミレが話し、トクナレはそうだねと同意しながら頷いた。




