⑥頼み事
「い、行き先が判らないんですか!?」
ガラルトの意外な返答にミレは驚愕し、つい声を上げてしまう。それもそうだ、月明かりが明るいとはいえ、夜中に森の中を歩くのに目的地が判らなくてどうすると言いたかったのだ。
「まあ、そう荒ぶるなって。魔女ってのはな、自分に都合の悪い事は詳しく話さねぇし、知られたら不味い事も直ぐぼやかしやがる」
「だったら、もっとキチンと聞かないと……」
「焦るな、嬢ちゃん。それより戦う準備はしてあるか」
ガラルトの態度にむくれるミレだったが、不意にそう聞かれて彼女はぷいと顔を横に向ける。
「……手ぶらで来てませんから、ちゃんと9ミリFMJ弾をたんまり持って来たし、弾倉もバレル(銃身)も長期戦用の新品に変えてきてますので!」
「ああ、上等だ。だったら、今夜は一丁、景気良くばら撒いてくれ」
「……えっ?」
ミレの十分な備えにガラルトは満足そうに頷くが、いつも静かに隠れて様子を窺い隙を見て盗め、が常道の彼女にそう伝える彼の意図がいまいち汲み取れない。
「まあ、詳しく話しようがない事だが、魔女って稼業はえらく難儀なものらしくてよ。真面目にやりゃあ成仏しきれん連中が嗅ぎ付けて、近場を彷徨き回るらしくてな」
「……魔女が真面目に働くって、あんまり想像つかないんですが」
疑るような視線でミレがそう返答すると、ガラルトは軽く笑いながら同意しつつ、
「ま、嬢ちゃんの言う通りだ。ただ、今夜は星回りが悪い方に流れている癖によ、定期的にやらにゃならん祀り事ってのが重なってるそうでな」
「魔女の祀り事……サバトとかですか?」
「さぁな、そうかもしれんし違うかもしれん。ただ、月明かりが照ってる今夜みてぇな夜に限って、しつこい亡者共を蹴散らさないと埒が明かねぇって訳さ」
「……亡者共?」
ミレの疑念の声に答えようとしたガラルトが、月明かりと違う類いの光に意識を向けると森の中に一対の木が左右から幹を交差させ、その間の隙間から緑色の奇妙な光が周囲を妖しく照らしていた。
「……どうやら着いたみてぇだ。見りゃ判るだろうが、あんなもんの先に何が待ってるかなんぞ、言わなくても判るだろ」
「うう、仕事じゃなければ来たくないです……」
「そうさ、仕事じゃなきゃ誰が来たがるもんかってんだ」
ぼやっと煙るように光る木の門に近付く四人は、ガラルトを先頭に狭い隙間を潜り抜けて向こう側に通り抜ける。そして反対側の地面にブーツの爪先を着けたミレは、地面に積もる柔らかい落ち葉を踏み締めた筈なのに全く異なる感触に戸惑ってしまう。
「……あれっ? 石畳……って、ここ何処!?」
さっきまで落葉樹の茂る森の中に居た筈が、あの交差した木の間を抜けた直後に殺風景な場所に居る。一瞬で転移させられたミレはここが何処なのか理解しようと首を巡らせるが、真っ直ぐ伸びる石畳の道以外は下草の生えた荒涼とした原野が続くのみ。人工物は唯一その道だけの景色に、彼女は言い知れぬ不安を覚える。
「……ガラルトさん、ここって……」
「さぁな、俺にも判らん。だが、あの木の間を抜けて来たなら魔女が連れて来たかった場所なんだろ」
藁にも縋る思いでガラルトに尋ねると、彼はぶっきらぼうにそれだけ言い、さっきと同じ歩調で歩き出す。ミレもガラルトに遅れまいと歩きながら、ぽつりと呟く。
「……連れて来たかった所ですか……どうせならもうちょっと明るい場所が良かったんですが……」
「あら、そぅ? 月も出てるし、明るいと思うけどなぁ〜」
「うわっ!?」
と、さっきまで誰も居なかった隣に魔女が現れ、話し掛けられたミレは驚いて仰け反りそうになる。
「き、急に出て来て今まで何処に居たんですか?」
「うふふ、さっきからずーっと隣に居たのに! 気付くのが遅いんじゃない?」
「そんな筈無いですが……」
「ま、細かい事はいいじゃない! さ、早く行って頼み事を済ませてね!」
ミレに絡みながら魔女はそう伝えてくるりと回り、今まで身に着けていた黒い衣服から白い貫頭衣に切り替える。その不可思議な変身振りにミレはまた驚かされるが、
「ほらほら、今夜は彼の世と此の世が交わる貴重な日よ! ぼーっとしてたら月が隠れてしまうわ!」
手足に付けた銀の飾りをシャンと鳴らし、魔女は楽しげに笑いながらくるくると足先を入れ替えて舞い進む。
「……そいつは結構だが、俺達に頼む用事ってのは一体何だ」
「あらぁ、言ってなかったかしら? 巫女の星に舞いを納める日と月蝕が交わる日だから、あなた達に用心棒してほしいの!」
「ああ、そうかい……用心棒って事はよ、この殺風景な所に誰か居るんかい」
割って入り話し掛けるガラルトに、魔女は涼やかな笑みを浮かべながら周囲の草原に指先を向ける。
「……ええ、この場所にはね……遥かな時を超えて様々な魂が寄せ集まってるわ。有史以前から現代までの、無意味で不必要な争いの犠牲者の魂が……ねぇ」
魔女がそう告げた瞬間、小さな鬼火がぽわりと草原から浮かび上がる。そして鬼火が次々と現れた後、草の生えた地面からずわりと枯れ細った腕が突き出される。そしてそれを合図にずわずわとミレ達を囲むように新たな腕が地表に露出する。しかし全身が地上に出るまで時間が掛かるからか、進む速度を上げるだけで亡者の包囲網は彼等を妨げるまでには至らなかった。
「あー、だいたい判ったかも……ゾンビ映画でこんな演出が良くあるよ」
「物判りが良くて助かるわぁ! じゃあ早速働いて貰うから!」
ミレが疲れ切った表情でそう言うと、魔女は嬉しそうに明るく声を弾ませながら手を振って先に進む。そして亡者の出現に急かされながら煌々と照らす月明かりの元、ミレ達の前に突如大きな石が積み上げられた広場のような場所が現れる。どうやらそこが魔女の目指す場所らしく、彼女は軽く跳ねるように巨石の間を抜けていく。
「さてと……そんな話はどうでも良い。俺達はやるべき事を済ませるぞ」
ガラルトはそう吐き捨てながらタバコに火を点け、煙を吸い込みながらアサルトライフルの弾倉を装着し、ゆっくりと煙を吐きながら安全装置を外した。
「……さぁて、一仕事だ。お前ら撃鉄を上げな」




