④奇妙な集い
母親と別れて暮らすまでミレは、他人と食卓を囲む事は稀だった。サルベージ要員訓練の時は同年代の男女が集められたが、訓練所の宿舎では就寝以外は私語禁止だった。更に同室の者同士も個人のスペースは箱形に区切られていて、ただ昼間の訓練で消耗した体力を回復させるだけの施設だった。
だから、今こうしてガラルトから手渡されたチキンブロスを味わい、その出来栄えを素直に表現出来るのが当たり前の事なのに何故か嬉しかった。
「……それにしても、魔女なんて信じられないですよね」
「まぁな、誰が聞いてもそうだろう。でもよ、ここに居た民間警備会社の連中が言うには、長い黒髪を一つ編みにした女がやって来て、お前達はここに来るべきじゃない、早く帰れと忠告されたらしい」
ミレが中身が空になったコッヘルを拭きながらそう話すと、同様にウェットタオルを使い拭き清め終えたガラルトが返答する。
「親切なこったな、戦争してる連中に早く帰れだなんて。ま、言う相手が少し違うたぁ思うがよ」
「……違うんですか?」
「おうよ、どうせ脅すなら東側の連中に言うべきだ」
「……そうですね」
西側のミレにすれば、国土を蹂躙し荒れ地に変えた東側の方が出て行くべきだと思うが、魔女には関係無いようだ。西でも東でも関係無く、自分の縄張りを荒らせば排除の対象なのだろう。
「……さて、準備するか」
「えっ、準備ですか?」
それまで穏やかに話していたガラルトがそう言って立ち上がり、壁に立て掛けていたアサルトライフルを掴んだのでミレは少し驚く。だが、ガラルトはそれを構えず安全装置を掛け、解除レバーを操作して弾倉を外してしまう。
「……まあ、お前さんにゃ言ってなかったが……実は魔女ってのに心当たりがあってな」
「ガラルトさん、会った事あるんですか?」
「……ある、と言うか……俺はよ、魔女とはそれなりに因縁があるのさ」
ガラルトはそう言ってミレの腰に回されたポシェットを指差し、
「その中に入ってる人形はな、魔女が自分の縄張りに入ってきた奴等を見張る為に隠したもんだ。まさか、そいつを見つられけて取られるとは思わんかっただろうが」
中身の藁人形の由来を話し、だから今夜は向こうからやって来るに決まってると言った瞬間。
……コンコンコン、と閉められたドアがノックされる。無論、ガラルトはその音に驚く素振りも見せずドアに近付き、
「……魔女なら間に合ってる。悪いが他を当たってくれ」
と、皮肉たっぷりな口調で告げる。するとドアに掛けてあった筈の閂が勝手に持ち上がり、内側に向かってギィと開く。だが、ドアの向こう側は夜の真っ暗な闇が広がるだけで誰も居ない。
「……ガ、ガラルトさん……今の何なんです!?」
「魔女ってのはな、恥ずかしがり屋なんだよ。それと……これから起こる事は他言無用だぜ」
ガラルトが相変わらず何が何だか判らないミレにそう説明すると、それまで誰も居なかった外の暗闇から、
「……失礼ね、恥ずかしがり屋じゃなくて、私達流の作法よ、作法!」
若々しく流麗な声が聞こえると不意に外の闇が更に濃くなり、その中から空に浮かんだ星すら包んでしまうような漆黒の衣を纏った女が小屋の中に入ってくる。その女は噂通りの長く黒い髪を一つ編みに纏め、青白い肌は透き通るようだったが何故か靴を履かず素足である。
「お久し振りね、ガラルト」
「ああ、相変わらずだな……ル」
「だーめよ、私を名前で呼んじゃ。魔女なんだから」
「へいへい、判りましたよ」
突然現れた魔女に言葉を失うミレを余所に、旧知の仲らしいガラルトと親しげに言葉を交わすと彼女はミレの前を通り過ぎ、奥に進むとモデロとボンゴの二人に話し掛ける。
「……あらあら、二人共大きくなったじゃない?」
「止めてくれよ、いつまでも子供な訳ねぇじゃん……」
「ふむぅ? モデロくんも随分と言うようになったわねぇ〜!」
「まぁ、それなりに色々あったしよ……」
魔女はいつもと違い大人しく答えるモデロに微笑みかけると、ボンゴの顔をしげしげと眺め、同じように語り掛ける。
「……うんうん、ボンゴくんも人見知りは治ったかな?」
「……ま、まぁね……ま、前よりは良くなったかも……」
「そう? でも容易く他人に心を開かないのも必要な自己を守る術だからねぇ、焦らず気長にね!」
まるで親戚の子供と話すようにボンゴと言葉を交わすと、くるりと振り向いてミレを見つめ、
「……あら? 遠目の人形はそこにあったのね……悪いけど返して貰うわ!」
魔女はそう言いながら指をパチンと鳴らし、手の平を差し出す。たったそれだけでミレのポシェットが開き、中から例の藁人形がひょこっと顔を出して動き出し、ぴょんと跳ねて宙を舞いストンと魔女の手の中に落ちる。
「ひえっ!?」
「うんうん、ミレちゃんだっけ? いつもガラルト達がお世話になってるわねぇ!」
「うひぇ……」
藁人形を抱えながら話し掛けてくる魔女に、ミレはどう対応して良いのか全く判らない。だが、よく考えてみると相手が魔女だから怖いのではなく、相手の事が判らないから怖いのだ。
「……あの、人形を勝手に動かしてごめんなさい」
「ん〜、素直に謝る子は好きよ!」
「そ、それはどうも……」
そんな風に話し掛けてみると、魔女は実に気さくに話してくれる。ならば、もう少し打ち解けられれば他の事も判るかもしれない。
「……あの、少し聞いても良いですか?」
「あら、知りたい事がおあり?」
「はい、それなら……ここに来た兵士をどうして追い返したんです?」
ミレが切り出した質問に、魔女は鼻の上に皺を寄せて渋い顔になる。
「……それを聞いちゃう? まあ、その為に来たんでしょうし……ね」
魔女はそう話しながら藁人形に頬を寄せ、ふっと息を吹き掛けると人形が勝手に動き出し、ガラルトの脇を抜けて糧食キットの中からティーセットを引っ張り出した。
「先ずはお茶にしましょう? 立ち話じゃ面白くないでしょ?」
そんな魔女の言葉にミレが頷くと、魔女の奇妙なお茶会が始まった。




