③屋根裏にて
実は口調と裏腹に怒っていないミレは、何となく可笑しくなってクスリと笑う。ゴツい男三人がミレを相手に微妙な対応で慌てふためき、それでいて冷静に判断する割りに場を和ませようと気を遣ってくれるのだ。たかが十八才の小娘に男三人が、なのである。そう思うと三人には申し訳無いが、やはり微笑ましくて堪らなく可笑しいのだ。
(……ま、大事にしてくれてるのは判ってるし、腫れ物扱いされてる訳でもないし……)
屋根裏に上がったミレが最初に行ったのは、先ず屋根板の状態を確認する事だった。ミレの体重ならそう簡単に踏み抜きはしないだろうが、油断して寝返りを打った拍子に落下したら笑い話では済まなくなる。慎重に一歩一歩進み、妙に軋む音や屋根板が撓まないか確認する。そして次にミレが始めた事は、屋外の針葉樹から刈ってきた枝束を丸めて掴み、ホウキ代わりにしながらホコリを掃き清めて行う寝床作りだった。
「……窓が無いから仕方ないけど、暫くしないとホコリも落ち着かないか……」
そこまで終えたミレは丸めて収納してあったグラウンドシート(空気弁を開けば勝手に膨らみ緩めて絞れば圧縮出来る)を取り出し、寝袋と共にリュックの脇に並べる。今回の仕事は泊り込みなのでガラルト達に勧められて野営セットを持ち込んだが、単独行動時のミレなら廃墟の中でエマージェンシーシートにくるまって寝るだけだ。
「ふむ、なんだかこれって……キャンプみたいだね」
昔は娯楽の一つとして教科書に載っていた野営に、ミレはちょっぴりワクワクし、でも仕事中なんだよなと気を取り直す。
『……おい、そろそろ飯の時間だから降りてこい』
「はーい、今直ぐ降りまーすぅ」
不意にガラルトの声がヘッドセットから響き、ミレはどんなメニューなんだろと思いながら即席の縄梯子を摑んで下に降りた。
ミレは母親以外が作った料理、というものを知らない。但し勘違いしないで貰いたいが、この世界にも外食という概念は存在するしミレも前回の武器見本市絡みの際に食べている。只、現在ミレを取り巻く環境が著しく料理に向いてないだけなのだ。
「……おう、さっきは済まなかった」
「はい、っていうか気にしてませんけど」
何やらバーナーの五徳に載ったクッカーキットの鍋を弄りながら難しい顔をしているガラルトと、その周りで何か言いたげなモデロ、そして相変わらず我関せずのボンゴが待っていた。
「……ふんっ、おいこら……さっさと点けって言ってんだよ……」
「……ボス、タバコのライターあるでしょ?」
「あぁん!? おっ、そうだったな……それにしてもこいつ、そんなに点き難かったか?」
「……ボス、そりゃあガスの元栓開けてねぇし……」
「な、何ぃ……っ!?」
ミレは一連の遣り取りを観察し、有る程度察した。つまりこれはあれか、私のご機嫌取りなどでは無く単純にガラルトがポンコツなだけなんだと。しかしそれでもクッカーキットの鍋は温まり、その鍋の蓋の隙間から良い匂いがする蒸気が立ち昇る。
「おいクソガキ、さっさとこっちに来い」
モデロに手招きされてミレが近寄ると、彼は密封ウェットタオルを差し出し、手の後は顔も拭けよと目の周りを指先で輪を描く仕草でミレの顔がホコリで汚れている事を教えてくれる。
「……大したものじゃねえが、腹空かせて寝るよかマシだから……食ってけよ」
ガラルトにそう言われてミレは急に空腹を覚え、朝から何も食べてなかったなと思い返す。昔は配給食ばかりで一日二食が普通だったが、今は余裕を持って三食食べているお陰で胃が大きくなっている事をミレは知らない。
「はい、頂きますっ!」
モデロから貰ったウェットタオルで手と顔を拭き、それを捨てようとするミレに、食い終わったらコッヘルを拭くから捨てんなよとモデロが教えてくれる。水が貴重な環境下では常識だが、流石にそこまでミレは博識ではない。
「お前さんの口に合うか知らんが、ほれ」
「ありがとうございますっ、てこれなんです?」
「……その辺に生えてたキノコ入り、携帯糧食の煮込みさ」
「うぇいっ!?」
「心配すんな、毒入りじゃねぇ」
赤と茶色が斑模様に入り混じったそれは、確かにふつふつとトマトの匂いと香りが何度か食べた糧食のチキンブロスに似ているが、明らかにこちらの方が旨そうである。しかもキノコの出所のお陰で確かに食っても平気か不安だが、それでもキノコの食欲を誘う匂いで頭がクラクラする。
「……お祈りしとけ」
「……どうか私だけでも助かりますように」
「縁起でもねぇし、俺達にゃ神なんぞ弾除けにもならんぞ」
普段から物騒な事をしている割りにやたらと神妙な顔になりながら祈るミレに、ガラルトは渋い顔をする。だが、それも一瞬だけであった。湯気の立つコッヘルを受け取りモデロからスプーンを受け取ったミレが、一口含んで暫く経ち、
「……うん! すごく美味しい!!」
そう言って頷くのを見たガラルトの顔ときたら、誰が見ても悪戯が上手くいった悪ガキそのものといった風である。だが、ミレはその鶏肉から出た僅かな旨味(糧食なんて保存性優先で大した味じゃない)と様々なキノコの醸す滋味深い香りが彼女の味蕾と嗅覚を激しく刺激し、涙が出そうな程美味かった。




