①魔女討伐
「じゃあ、行くねお母さん」
「ええ、気をつけて……またいつでもいらっしゃい」
ミレは母親との面会を終え、見た目だけは病魔に侵される前と変わらぬ母に向かって、ドアを閉めて立ち去るまで努めて笑顔で居るよう心掛けた。だが、ドアの向こう側に身体を滑り込ませながらミレは俯いて涙を零す。あんなに元気そうなのに余命僅かだなんて、と。
「……だったらさ、お母さんの分まで私、生きなきゃダメなんだよね」
ぐしっ、とモノクロ基調の良家子女風に纏めた服の裾で涙を拭き、誰も見ていないのを確認してからパンッと両手で頬を叩いて気合を入れる。そして継続入院を希望する書類にサインをし、ミレは病院を後にした。
「ふーん、母親が入院か。まぁ居るだけいいじゃねぇか」
「うん、そうだね……っ?」
面会を終えてガラルト達と合流したミレは、他所行きの服を着替えて迷彩服と装備を揃える間、隠れ家のパーテーション越しで待つモデロと話す。そして彼の言葉に少し間を空けた後、やっと気付いた。モデロは孤児だった、と。
「別に羨ましいとか言うつもりじゃねぇがよ、お前が生まれた時の事も教えて貰えてるだろ? 俺もボンゴも同じで親なんか居やしねぇ奴等は、自分が木の股から拾われたって言われても違うって言えやしねぇ……だから、居るだけマシなんだよ、クソガキ」
パーテーションの向こう側からそう言われ、ミレは動きを止めて耳を澄ます。モデロは身動き一つせず、律儀にパーテーションに背中を向けたままきっと話しているのだろう。そして、彼は彼なりにミレの事を励まそうと思ったのかもと、ちょっとだけ思えた。
「……うん、ありがとうモデロさん」
「……くあああぁっ!! 前から言おうと思ってたがよ! どうしてお前、改まると直ぐさん付けしやがるっ!? 気持ち悪いぃったらありゃしねぇんだ!!」
素直に感謝するミレにモデロはバリバリと頭を掻きむしりながら怒鳴りつけるが、ミレはしれっと返答する。
「だって年上でしょ?」
「おっ、お前はそりゃ年下だがよ……でもだ! 俺達は組んで仕事してるチームなんだぜ!? だからもっと……」
「……もっと、何?」
「もっとだな……えぇっと、そりゃあ……」
装備を整えたミレがパーテーションの横から身を乗り出してモデロを見上げると、彼はそう言いかけながら口ごもる。そして、
「……頼れっ!! そんだけだクソガキ!!」
結局、言っているうちに何が言いたかったのか判らなくなったモデロはそう言い残し、ドタドタと騒がしく足音を響かせながら外に出て行った。
「うん……何が言いたかったんだろ?」
残されたミレはモデロの機微に気付けず少しだけ考えて、ただ何となく彼が励まそうとしてくれていたのかなと思う事にした。
「……魔女? お前まだ酒が残ってんのか」
「伊達や酔狂で言っているんじゃない、仕事の話だ」
ニセロのオフィスに顔を出した四人に彼女が切り出した話は、誰が聞いても耳を疑うような代物だった。現にガラルトもニセロにそう尋ね、言われた方も憮然とした表情で言い返す。
「なぁ、姐さんよ! 今どき鍋で薬煮詰めるような婆さんの話されて信じろってのは無理なんじゃねぇの?」
「黙れモデロ、私だって本気にはしたくない。だがそれでも依頼は本物で、話の出所が民間警備会社だという点だ」
「うげぇっ!? マジかよ!!」
驚くモデロにニセロはプリントアウトした紙片を突き出し、それに目を通した彼は嫌そうにしながらボンゴとミレに回す。
「……み、民間警備会社……だ、だと国から貰った仕事を……ま、丸投げしてきたのかな……」
「うわぁ、前線橋頭堡が維持出来ずって本当なら大変そう……」
二人が回されたプリントを読むと、秘密裡に築かれた施設付近で職務放棄する者が続出し、その原因が魔女ではないかという信じられない内容だった。
「科学万能のご時世によ、魔女が出て戦争出来ませんなんざぁ言えっこ無ぇ話だが……問題はそう言い張る根拠だ」
「だからそれも含めて調査し、対応しろというのが今回の仕事だ。断る権限は我々には無いから心配するな」
「へぇへぇ、そいつぁ有り難い話だぜ」
結局、断れない仕事だとガラルトは諦めたのかプリントを掴み、くしゃくしゃに丸めてクズ入れに投げ込むと仕事に行こうぜ、と三人を促した。
民間警備会社との合流地点に到着した四人は、やって来た装甲車に無言で乗り込んだ。前回乗った車両と同じ六輪タイヤのそれは乗り心地こそ最悪だったが、遮音性は酷くなく振動も我慢出来ない程では無かった。
「……聞けば聞く程イヤになる話だな……」
「まぁ、普通の感性の持ち主なら誰でもそう思うだろうな。俺も聞いた時は確かにそう思った」
車内でミーティングの相手を務めた民間警備会社の隊員はそうガラルトに告げると、運転手役の隊員に告げて車両を停止させると車外に出る。
「ここから二キロ先に、例の橋頭堡がある。見た目は只の民家だが、防音機能付きの地下室がありそれが拠点になる予定だったが……配属された連中が全員おかしくなった。偵察に出れば誰かに囲まれていると怯え、戻れば声が聞こえるとノイローゼ状態になって病欠する始末だ」
そう言ってタバコに火を点けながら、遠く離れた森の外れにぽつんと建つ一軒の民家を指差す。
「……あれだ、一応誰も居ないが糧食や飲料水はそのまま残ってる筈だが……」
「魔女の出る森の家だろ、変な薬でも入ってやしないか」
「……向精神薬でも疑ってるなら心配するな。俺達の会社は、薬物依存者は採用していない」
「あんたらの規約は知らんが、仕事が嫌になってハイになりたがった可能性は無いのか」
「……病欠した連中は、薬物反応は全員陰性だ。心配するならピザでもデリバリーしてもらえ」
本気か冗談か判らない事を言いながら隊員はタバコを揉み消すと装甲車に戻り、四人を車外に残して終わったら拠点の無線機で連絡してくれと言いながらハッチを閉めた。




