⑧ラボラトリ
「……ぶ、ブーツの跡から見て……よ、四人位だね……」
「ふぅん、向こうも小隊編成か。楽しみだな」
ボンゴが地面に残された靴跡を眺めてそう言うと、ガラルトはフェイスマスク越しに笑いながら自動小銃のコッキングレバーを引く。銃弾が装填されて後は引き金を引けば、望み通りの結果を生み出すだろう。
「モデロ、狐狩りだ……追い立てろ」
「……了解、ボス!!」
先の見通せない薄暗い廊下に向かってガラルトが言うと、並んで立っていたモデロはフェイスマスクを装着しながら走り出す。だが、彼の動きは暗闇の中を進むようには思えぬ程の俊敏さを発揮し、
「……あれ? モデロさんって暗視ゴーグル着けてないよね……」
と、ミレを戸惑わせる。
「……嬢ちゃん、前にも言ったが特別なんでね。俺達には熱探知も赤外線も要らないのさ」
「あの……東側のヒトってみんなそうなんですか?」
ミレの呟きにガラルトは、ハハッと小さく笑ってから答える。
「……そんな訳ねぇさ、まぁ……他の連中は普通にお前さんと同じだ」
「そうですよね……でも、どうしてなんです?」
「……国策の一環って奴でな、例えばモデロはガキの頃から競技種目に特化した教育機関で育ってな。紛争が無けりゃ今頃は、オリンピックでメダル取ってかもしれん」
「うわっ、それって凄いじゃないですか!!」
あのやさぐれた態度のモデロが未来のメダリストと聞き、ミレはついそう言ってしまう。
「……紛争が起きて、東側はオリンピックより戦争の方が大事になったからな。モデロは十四才でスポーツ特待生扱いから兵隊になったのさ」
「えっ、十四才で!?」
「そうさ、東側じゃ少年兵って概念は無いんでな」
西側では十八才未満の少年を兵士にする事は固く禁じられている為、正規軍務とは関係無いミレですら驚く。そして、そんな優秀な人材も使い捨てにせざるを得ない紛争の過酷さを思い知らされる。
「ま、オリンピックとモデロの話より、今は先で待ってる連中と何をするかだ」
「そうですね……よし、行きます!」
だが、自分達は過去の事より目先の問題をどう片付けるかが重要だ。そう決心しミレはガラルトの後をボンゴと共に施設の廊下を進んで行った。
(……ふん、思った通りじゃねぇか)
先行していたモデロが見つけたのは、フェイスマスクで顔を隠し自分達と同じように武装した侵入者だった。だが、モデロは慎重に進むと侵入者達の進行方向に先回りし、相手の出方を見守る事にした。
侵入者達は互いの死角を補いながら部屋に入り、中に残されたキャビネットや机の引き出しを探し回る。しかし、普通のスカベンジャーなら配線が繋がったままのPC端末やコード等も漁る対象になる筈だが、侵入者は誰もそうした電機製品には見向きもしない。
(変な奴等だな……)
そうしてモデロが待っていると、中からファイルや記憶媒体を拾い集めては次の部屋へと移っていく。そうして幾つもの部屋に出入りを繰り返し、有る程度の資料を集めた侵入者は一旦通路の隅でそれらをペンライトで確認し、何処かの誰かと無線で話し始める。
(……西方訛りの共通語かよ、ふん……)
モデロは聞き耳を立てて相手の会話を盗み聞きするが、詳しい内容までは判らない。だが、侵入者が一定の範囲の研究資料を集めるよう依頼されて動いている事は理解出来た。
(……只の盗賊じゃねえってのは判ったが、俺達が漁るのに邪魔なんだよ……っ!!)
だが、モデロの主義は【判らない事が有ったら聞くより殴れ】である。考えるより早くモデロは抱えていた銃にドラム型弾倉を手の平で叩き込み、コッキングレバーを引きながら構える。
「おらあぁっ!! 固まってお喋りしてやがると蜂の巣だぜっ!!」
モデロが叫びながら中腰姿勢のままトリガーを引き、相手に向かって次々と銃弾を発射する。彼はかなりの頻度でショットガンを使うが、今回は連続射撃が可能なセミオートショットガンを持ち込んだ。薬莢の大きさの関係で装弾数は同じ弾倉の長さのアサルトライフルに劣るが、それを円筒形に纏めたドラム型弾倉を使用し増量させている為、その面制圧力は圧倒的である。
そんなセミオートショットガンでドガガガガッ、と一連射を与えれば相手はあっという間にミンチに変わる筈だったが……
「……くそっ! トリプルオー(弾数6発)のバックショットを躱しやがった!?」
相手は急襲にも関わらず咄嗟に遮蔽物に隠れ、有効打撃を与えられなかった。その機敏さにモデロは判断を切り替え、牽制射撃を繰り返しながら有利なポジションを求めて廊下を走る。そして彼がついさっきまで居た空間は、相手が放つ銃弾の雨により一瞬で穴だらけになる。
「がああぁっ!! 面倒臭えぇ!!」
ショットガンをスリングで肩に掛けながら握り締めた手榴弾のピンを抜き、牽制を兼ねて即座に投擲する。一旦地面に転がった手榴弾が動きを停めた瞬間、ズウゥンッと腹に響く破裂音と共に炸裂するが……
「……へっ、やたら慣れてやがるな」
敵は通路の縁に身を寄せ、手榴弾の破片から身を守りつつ射線をモデロに集中させる。その結果、彼の肩と太腿の肉が弾け飛び廊下に赤い飛沫を撒き散らす。
「……只の盗賊じゃねえのは判ったがよ、冗談みてぇに冷静な連中だな……」
ボタボタと血を床に垂れ流しながら、モデロはすー、はー、と深呼吸する。痛みは戦闘開始時から過剰に分泌されたアドレナリンで全く感じないが、傷口から流れる血量は彼の治癒能力でも暫く止まらないだろう。このままでは出血過剰で意識が保てなくなり、間隔を詰められて被弾が増し窮地に追い込まれる。
「……ヤベぇな、このままじゃクソガキに示しが付かねぇぜ……」
流石のモデロも焦りを感じ、手練れの敵と相対する緊張感だけが意識を繋ぎ留めると思い、最後の死力を振り絞ってショットガンを構え直したその時……
互いの銃撃戦の間には一切聞かなかった銃声が敵の背後から連続し、隠れていた敵の一人が派手に吹き飛びながら一回転し、肩から床の上に落ちる。
「……おうおう、随分と頑丈なボディアーマーだな。だがよ、それでももう一回食らったらぶっ壊れちまうぜ」
敵の背後から急襲する形で合流したガラルトが、強力無比な12.7ミリ弾頭を連射出来る数少ないアサルトライフルを構えながらそう告げると、撃たれた仲間を気遣ってか敵はガラルトに向かって銃を掲げながら降伏した。




