②告白
「マデュラさん、その銃はどうなんですか」
もう少し周辺を漁ってから戻ろうと言われたミレだが、気になってそう尋ねる。
「……形は一丁前にプルバップライフルだが、粗悪な三流品だな」
マデュラはそう答えながら銃の構造をミレに説明する。プルバップライフルとは、弾倉が引き金の前に有る一般的な構造の小銃と異なり、弾倉が引き金の後ろに有る。そのデザインは近未来的に見えるものの、まだ完成に至る製品は僅かである。マデュラが手に入れた物も第三国で無断複製されたらしく、結合部の歪みや切削加工の甘さが如実に現れている。それらは彼に言わせれば、
「……知らずに撃ち続ければ排莢不良で弾詰り、最悪の場合は暴発して顔の真横でバンッ、だよ」
と、顔の横で指先を真上に向けながら広げ、命が惜しけりゃ黙って政府に渡した方がマシだと話を締め括る。だが、マデュラの話を聞きながらミレは別の事を考えていた。
……初等訓練中、実効支配地に残された残留物資や遺留品の回収がサルベージ作業だと教えられてきた。しかし、実際は何でも漁って持ち帰り、政府はただそれを搾取しているではないか。そしてマデュラのように逼迫した人々が、雀の涙程度の見返りに命を張って貢献度を得ようとしている。
(……サルベージに行っても……楽な暮らしには程遠いかもしれない)
そう思うだけで、母親の生活も支えなければいけない彼女は身体が重くなった気がする。そうして沈痛な想いを抱きながらミレの初任務は終わったのだが……それから一週間後。五回目のサルベージ作業終了間際に、ミレはマデュラから思いもかけない提案を聞かされた。
そのきっかけは些細なものだった。
渋々ながら続けたサルベージ作業も漸く終わりを迎え、ミレは緩衝地帯から実効支配地域に抜ける途中でふと気付く。
後ろから続くマデュラの視線というか、時折感じる彼の思念に近いものが彼女に向けて放たれていた。それは敢えて例えるなら、何か伝えたいにも関わらず言い出せない感じである。
「……何か伝えたい事があるんですか」
ミレはそう言いながら振り返り、彼の反応を窺う。いつものマデュラなら気軽な調子で直ぐ返答するだろうと思いながら、しかし彼の本当の姿を自分は知らないと自答しつつ。
「……君は、サルベージを続けたいかい」
しかし、今までのマデュラからは想像出来ない意外な質問を投げ掛けられて、ミレは返答に躊躇する。
「……君のように若い女性なら、危険な目に遭わず稼げる手段は幾つかあるだろう」
「それは、私に誰かの愛人になれと言っているんですか」
つい勢い良くそう返答してしまい、ミレは行き場の無くなった手を思わずホルスター越しのハンドガンに添えてしまう。だが、マデュラは彼女のそんな反応を見ながら、そのまま両手を弛緩させて動かない。まるで、ミレが銃を構えても自分の方が先に撃てるぞと言わんばかりに。
「……それは無い。勿論、俺が君を囲いたいと言っている訳でもないが」
マデュラはそう言って彼女の前で腕を組み、少し寄り道しようと提案する。そして実効支配地域の縁を越え廃墟と化した旧市街地の通りから更に外れていく。それはサルベージ作業を完全に放棄する行為で彼女には理解し難いものだったが、けれどもミレは抗えなかった。
「ここは、開戦当初に空爆されて多数の犠牲者を出したターミナル方面の地下鉄駅だよ。今は放棄されて復旧されてもいない」
ミレにそう告げながらマデュラが指差すと、彼の言葉通り地下鉄駅を示す穴だらけの看板が崩れた入り口の上にぶら下がっている。無論、誰も居ない廃墟と化したその中にマデュラはライトを点けて入って行く。ミレも彼を見倣って同じようにライトを点け、靴底に神経を集中させながらよちよちと降りる。
だが、二人は十歩程進んだ先で閉ざされた非常用シャッターと防火扉に阻まれ、それ以上進めなくなる。
「……これは?」
「防火用シャッターだよ。多少叩いたって簡単には開かん」
判りきった言葉を互いに交わしながら、ミレは彼がどうするのか見守ると、マデュラはシャッターの横に設置された消火器入れの取っ手を掴み、ぐいと操作して蓋を開ける。するとジリリと小さくベルが鳴る音が廃墟に木霊しミレはぎょっとするが、シャッターの向こう側から人が動く気配がして防火扉が僅かに開く。その隙間からマデュラに銃口が向けられるが、
「マデュラだ、それでこっちは以前言った新しい連れだ」
「……へぇ、ガキとは聞いてたが……ま、入れや」
門番らしき男が銃口を下げ彼にそう告げると、マデュラはミレに中に入るよう促す。そして彼女が防火扉の裏側に足を踏み入れると、それまで遮られていた喧騒の渦がミレを包み込んだ。
「……冗談だろっ!? この前はもっと高値だった筈だ!!」
「うーむ、こいつは錆びてて駄目だな」
「……で、一体幾らで買い取るんだ」
「おいおい、この携帯糧食……油が染み出てるぞ?」
「パーツじゃねぇよ、弾薬だよ弾薬!!」
ミレの視線の先では老若男女が入り乱れながら、互いに怒鳴り合い、時には声を絞って周りの気配を窺うように。そんな多種多様な交渉と契約を繰り広げている最中に、彼女は巻き込まれてしまい混乱する。
「あ、あの……ここ、地下鉄駅じゃ……?」
「違うな、ここはステーションって通り名の闇市場だ」
「……闇市場?」
マデュラにそう聞き返すが周囲の怒声に掻き消され、もう一度同じ事を聞き返そうとするが、
「……ちょっと喧し過ぎるな、場所を変えよう」
「外に出るんですか?」
「いや、俺の隠れ家に行こう」
再びミレには理解出来ない言い回しが繰り出され、……闇市場? 隠れ家? と不思議そうに呟くミレを伴いながらマデュラは、廃棄車両に設えられた様々な露店から離れてプラットホームを進んでいく。
「……おっ、マデュラじゃねぇか。この前売って貰った防弾ベスト良かったぜ。プレート入れ替えられるからコスパ悪くないしな!」
「それは良かった、次に程度の良さげなのがまた有ったら取っておくよ」
「あぁ、宜しくな!」
露店の隅で商談していた男がマデュラに話し掛けると、愛想良く答えて別れ際に手の甲を当て合う。ミレが何のサインか尋ねると、彼は同郷同士の符丁さと答えた。
やがてマデュラとミレは地下鉄駅構内の突き当たりに辿り着くと手摺りの付いた階段で下に降り、そのまま電車が通る線路の脇を歩いて暫く進む。すると地下鉄の保線事務所と整備車両が保管されていた区画に辿り着き、その片隅に幾つも並ぶ鉄製のドアの前でマデュラが振り返る。
「ご覧の通り、暗くて湿っぽい所で恐縮だが……ま、遠慮せず入ってくれ」
「……隠れ家っていうより、秘密基地みたいですね」
「概ねその通りだな」
ドアの鍵を開けてマデュラが先に入ると、ちょっとだけ躊躇うがミレも続いて中に入る。するとセンサーが反応し照明が点き、ミレはひゃっと小さく悲鳴を上げた。だが、そんな彼女の反応を更に上回る光景が視界に飛び込んでくる。
どうやら十字路の三箇所を壁で塞いで仕切られた部屋らしく、その奇妙な構造は廃墟らしさを強調していた。だが、それよりも白い壁や置かれたテーブルの上に所狭しと並べられた銃器と弾薬の数に圧倒され、声を掠れさせながらミレが呟く。
「……銃? じゃなくて武器庫……ですか……!?」
見たままの景色に圧倒されながらミレが尋ねると、マデュラは平坦な表情で彼女に答える。
「いや、ここに有るのは武器や弾薬だけじゃない。バックパックに防弾チョッキ、装弾ベルトや設置型対人地雷だってある」
「それって……もし政府に知られたら……」
「闇市場は見過ごして、ここだけ摘発するのか? ミレ、そんな面倒な事をステーション全体から賄賂を貰ってお咎め無しの役人共がする訳ないだろ」
「それは……そうですね」
「まあ、適当に座ってくれ。何か飲み物を出すから」
ここまで歩き通しだったミレにそう勧めると、マデュラは隅に置いてある簡易コンロで湯を沸かし、マグカップを二つ用意してココアを淹れた。




