⑥横槍
『……意義有り!! そのワインは偽物だろう!!』
突如そう叫ぶ男の声が競りの締めを報せる木槌の音を遮り、聞いていた者全ては一瞬動きを止める。
『……偽物と仰られますが、こちらは当方が鑑定して本物と扱う事に決まった商品ですが……』
『ふん、そんなもの何の確証になるか……』
その男は司会役の男性と口論し始め、一体何の根拠を元に強気で発言しているのか、誰も判らないまま時間が過ぎていく。
『……そもそも、そのワインは私のワインセラーから盗み出されたものだ!!』
だが、突然そう決め付けて力説し始めたその時、モニターから離れて端末を操作していたニセロが渋い表情で呟く。
「……間違いない。こいつは例の別荘の持ち主、アルフレッドって奴だ」
「どうしてそんな奴が乱入してきやがった?」
「これは競売に登録していた参加者のリストだが、残念ながら同一人物だな」
ガラルトの指摘に端末のモニターを見せながら答えるニセロだったが、彼女の表情は晴れない。
「……そもそも、ワインセラー付きの別荘を建てた時から今まで何をしてたか知らんが、大方こいつは脱税か何かで得た表沙汰に出来ない利益を物品に変えておいたのかもしれん。それをミレ達が手に入れた段階で、奪い返す計画を立てたんだろうな」
「けっ、盗っ人猛々しいってな! こいつの持ち物か調べれば直ぐ判るじゃねぇか!」
ニセロの言葉にモデロが反論するが、彼に向かって彼女は端末操作のタッチペンを向けながら諭す。
「……そうかもしれんが、問題は競売に出品したのが代理人のジョセフって所だ。もしミレ本人が顔を出しても、相手に対して自分の正当性を主張出来んと確信しているのかもな」
「……わ、私の正当性……?」
「いや、正確には我々全員の、だな」
全員の正当性、と聞いてミレやガラルト達は顔を見合わせる。
「……つぁっ、痛い所を突いてきやがるな。俺達の誰も脛に傷の無い奴は居ないか……」
「おい、おっさん! あんた表で商売してんだろ!! 何とかならねぇのかよ!?」
「……表向きの看板は違うから無理だな……故買屋はこちら側でしか通用しないんだよ」
「……私も、裏方で長く続けたせいで似たようなものだ。しかし、アルフレッドがここまで強気で主張するとなれば……きっと、盗品だろうと贋作だろうと関係無く裏で取り引きするのかもしれん。それでも正式に競売で競り落とすより、遥かに安く手に入れられると思ったか……」
表の世界のやり方で動くアルフレッドに、ガラルト達は太刀打ちする手段が無かった。そして、このままでは競り勝った誰かが降りてしまうと焦るミレだったが、何か閃いたのか突然立ち上がって叫んだ。
「……ねぇ、ニセロさん! まだ私の例のミレーヌって肩書きは通用するの!?」
「……ああ? ……ミレーヌ……お前の母親を入院させた時のか?」
「そう!! あれって確か何処かのご令嬢か誰かなんだよね!!」
「まあ、そうだな……まさか、お前……」
「うん! ミレーヌだったら大丈夫だと思う!!」
何の事か判らぬ面々を捨て置き、ミレはニセロに頼み込んで競売会社のネットミリオネアの担当者に電話を掛けさせる。
「……あの、代理人を介してワインの競売をお願いしていた……ミレーヌ・アルカンターラで御座います」
『……そんな馬鹿な!! そのワインは確かに私の元から盗まれた物で……』
『いいえ、これは私の祖母が祖父より頂いた思い出の品です。しかし、私はまだ幼いゆえ、病床の祖母が何かの支援になればと競売に掛ける決断をなさったのです』
絶対に出てくる筈の無い出品者本人、しかもネットミリオネアに個人識別情報(声紋判定による本人確認は元本の段階からミレにすり替えられている)を開示してまで正当性を主張され、アルフレッドは焦りに焦った。無論、彼もミレーヌ・アルカンターラという娘が実在するか部下に徹底的に調べさせた。だが、電話を掛けたミレーヌ・アルカンターラ本人は【某官僚の一人娘で病床に伏せる祖母だけが生存する親族で実在する令嬢】と判明し、ぐうの音も出なかった。
『……では、他に異議が無ければ今回の競売は終了致します!!』
『俺は認めんぞ!! くそっ……』
司会の言葉に怒り狂うアルフレッドだったが、結局彼は最後までミレの主張を覆す材料を揃えられずモニターのスピーカーから消えていった。
『……申し訳ありませんでした、ミレーヌ様も随分とご気分を害した事でしょうが……』
『いえ、私は祖母の想いが無駄にならなかっただけで十分です。それに競売自体が成立しましたので、これ以上大事にならなければ特に……』
『有難う御座います、これからも何かご希望が御座いましたら是非当社にお声掛けしてくださいませ』
電話口で丁重に詫びるネットミリオネアの代表者に、ミレはミレーヌになりきったまま返答し通話を終えた。
「……んあああぁーーっ!! 肩が凝りました!!」
「おいクソガキ!! 上手くご令嬢に化けやがったな!!」
「ご令嬢でもクソガキでもないです!!」
電話を切ったミレにモデロが囃し立てると、ミレはいつも通りに切り返す。だが、それでも大役を果たした事に変わりなく、クソガキ扱いされてもミレは気分が良かった。
「いや、聞いてるこっちも冷や冷やしたが……なかなか堂々としたご令嬢振りだったじゃないか」
「……ニセロさんに散々な目に遭わされてきましたが、今回は特に散々でしたよ?」
「良く言うな、結構気に入ってたんじゃないか」
「そんな事ありません!」
一時はどうなるか判らなかった競売騒ぎだったが、結局競り落とした相手は正式に支払いをする事になった。こうして、ミレ達はロマネ・コンティを現金化させる事に成功したのだが……今回の件は少し後に、違った形で再び関わりを持つ事になる。




