⑤競売
ロマネ・コンティの競売に応じた競売元は六つで、その中で一番の最高価格を付けた【ネットミリオネア】で競りを行う事に決まった。無論、競りが成立し実際に金が振り込まれて初めて全てが終わる訳で、それまで気を引き締めていかなければいけない。ロマネ・コンティの保管もそうだが、最終的に買い手の元に届かなければ稼ぎにはならないのだ。
……と言っても、競売自体はネットワークを利用する為、スポーツ中継を観戦するような調子で、結果に一喜一憂する状況になるだろう。
「……ワインセラーではないが、常温放置するよりは遥かに良かろう」
ニセロのオフィスに集まった四人とジョセフは、彼女の私物の冷蔵庫にロマネ・コンティを仕舞って競売開始を待つ事にした。
「あともう少しで始まるが……取り分はどうするんだ?」
ジョセフは自分が直接買い取った訳ではない為、少し複雑な面持ちでガラルドに尋ねる。
「そうだな……俺達は各自同割にするとして、売り値の一割で手数料ってのはどうだ」
「……一割かぁ……まあ、仕方ないな。俺は結果的に段取り組んだだけだし、それで手を打つか……」
ジョセフは腕組みしながらそう答えるが、それでも売却価格の一割である。もし、ロマネ・コンティが本当に高級車一台分に匹敵する価格で競り落とされたら一割でも相当な額である。危険を冒さずたった一晩で一般的な収入の何倍もの大金が転がり込むのだから、文句のつけようも無い。
「……俺、ちょっとトイレに行ってくる……」
「も、モデロ……は、始まっちまうかも……?」
「くそっ、緊張して仕方ねぇんだよ!!」
モデロとボンゴは呑気にそんな遣り取りをしているが、ミレは緊張して一言も喋れない。何かトラブルが起きて競売が中止になったら……超高額なワインを冷蔵庫に仕舞って不寝番する事になるかもしれないのだ。
「……ミレが緊張してどうする、お前の出来る事はせいぜい祈る位だろう」
「そうなんですけど……あー、こーゆーの苦手!!」
ただ座って待つ事には慣れていないミレに、ニセロは苦笑する。しかし、ここに集まっている面々の胸中は同じだった。
【……お待たせいたしました、それでは今夜の競売を開始致します】
モニターから音声が流れ、ネットミリオネア主催の電子競売が開始する。だが、当然ながらロマネ・コンティは競りの最後になる。それまでは価格の低い他の商品が提示され、それ目当ての買い取り希望者同士の競りが繰り広げられていく。但し、今夜の目玉であるロマネ・コンティの情報は既に流布されているらしく、競り自体は長引かず淡々としたリズムで入れ替わっていく。
「どうだい、ジョセフ。今夜の競売は」
「……ニセロ、あんたならメインイベントのタイトルマッチが始まる前の前座に全財産を注ぎ込むか?」
「そりゃそうだな……もし賭けでもしてるなら、そいつが出てくるまで静かに待つ」
「そういう事さ……おっ、次の競売でロマネ・コンティが出るぞ」
競売順を眺めながら数えていたジョセフがそう告げると、モニターに大きく【本日の目玉商品】とテロップが流れ、派手な音楽と共にロマネ・コンティの解説がナレーションと共に紹介されていく。
【……このように、現存しているボトルの大半は好事家やコレクターのワインセラーで眠りに就いているのですが……今回、誰も知らなかった一本が奇跡的に見つかったのです!!】
「……でも、これ盗品なのよねぇ……」
「おいクソガキ、それ言っちまったら終わりじゃねぇか!!」
盗人一号のミレがそう茶化すと、盗人二号のモデロが怒鳴りジョセフ達は笑ってしまう。だが、そんな外野の言葉が競売に影響する訳もなく、
【では、ロマネ・コンティの競売を始めます!! ……まずは一万(※現在の貨幣価値で約百万円程度)から!】
一万、と聞いてミレはそんな安い金額かと驚く。高級車が買える程の価値が有る筈なのに、そんな安値から競り始めるとは思っていなかったのだ。
「どうしよう、二万位で落札されちゃったら……」
「ミレ、落ち着け。お前が考える程に連中は馬鹿じゃない」
「……?」
ミレの動揺をニセロが宥めるが、勿論そう言われても不安なのだ。だが、彼女の心配を他所に競りは着々と進んでいく。
【一万千】【一万二千】【一万三千】……
モニター下部の各競売者達が示す数字が淡々と上がっていき、その数字は梯子を上るように上昇し続ける。
【四万】【四万二千】【五万】……
「……な、連中は舐めるように動画で見たあのワインを疑っていない。数字は正直なものさ」
みるみる内に価格はミレ達の希望価格に近付き、遂に競売者は二組の間で競り合う形になっていく。
【六万五千】
【六万九千】
【七万】
【七万五千】
【八万】
【八万五千】
「うおおぉっ!! きたぁっ!!」
「……と、とうとう……こ、高級車並み……」
「ひいぃっ!?」
遂に金額が希望額まで辿り着き、どうやらここで競売は終わるかに見えたその時。モニターから聞き覚えの無い男の声が発せられたが、それを聞いていた者全員は我が耳を疑った。
『……意義有りだ! そのワインは偽物だろ!!』




