④買い取りは誰が?
「あの……ごめんなさい。大丈夫なら……いいんです」
「へっ、だから言ったろ! 掠り傷だって……」
モデロの身体に触れていたミレが詫びながら離れると、彼は強がりながらゴーグル越しに視線を逸らす。その仕草がミレにはやっぱり犬のように思えてしまい、彼に対する恐怖心は薄らいでいく。だが、後ろから重い物を引き摺る音がずるっと鳴ったので振り向くと、
「……狩りは良いよね! 心が解放されるからさ!!」
モデロと同じフェイスマスクとゴーグルを着けたボンゴがガラルドに話し掛けてくるが、どもりの無い溌剌とした口調にミレは戸惑う。
「ボンゴ、あんまり張り切り過ぎるなよ」
「ボス! ボス!! 酷いなぁ、それじゃ僕が頑張ったら悪いみたいじゃないか!!」
「……頑張るのは悪くねぇ、だがよ」
そう言ってガラルドはボンゴの引き摺ってきたボロボロの布に包まれた何かを指差し、強めの口調に変わる。
「そういう真似は余りするな、ミレが怖がる」
「……あー、これ? ……いつの間に摑んでたんだろ……まあ、いいや……」
ガラルドに指摘されてボンゴは右手を緩め、その四肢と頭がぐしゃぐしゃに砕けた死体を投げ捨てて黙り込む。
「ボンゴ、少しは気が晴れたか」
「……き、気が晴れる……? そ、そんな事無いよ……こ、こんな恐ろしい……ま、真似は……」
さっきまでの勢いは消え失せ、萎縮したように意気消沈したボンゴは吃りを繰り返す元の話し方に戻っていく。
「……か、神様……ど、どうか……つ、罪深い僕を赦して下さい……」
「……まあ、その願いが聞き届けられるかまで判らん。だがな、今は無事に帰る方が先決なんだよ。やれるか」
「……う、うん……や、やってみるよ、ボス……」
だが、ボンゴの雰囲気が元に戻ると耳鳴りが止んだように周囲から自然な雑音が聞こえ始め、ミレは自分が知らぬ間に彼に対して強い警戒心を抱いていた事に気付く。しかし、モデロとボンゴの二人にこれだけの秘密が隠されているなら、果たしてガラルドはどれだけ常人なのだろうか。
……と、ミレの胸中はさておき、再び三人が集まり別荘地を抜け出せた後は特に問題も無く帰還出来た。だが、本題は帰り着いた後である。ロマネ・コンティを現金化しなければ四人には、只の古いワインでしかないのだ。
「……おいおい冗談だろ……こんなもん、万が一本物だったにしても、買い取って支払う金が無いわっ!!」
故買屋のジョセフに四人が漁って来たロマネ・コンティを見せると、彼は額に手を当てながら叫んだ。それもそうである、確かにジョセフは高価な宝飾品も査定出来る鑑定眼は持っているが余りにも専門外過ぎるのだ。ワインの査定はコルクを抜いて中身を舐めれば判る、という単純なものではない。コルクの上から被せる封の具合から中に漂う澱の有無に始まり、ワイン自体や瓶の色そしてラベルの印刷等……真贋を見分ける点を挙げればキリが無い。だが、一先ず現代的な鑑定法は有る。ワインそのものを有識者にライブカメラで見せてしまえば、現場に詳しい者が居なくても何とかなるのだ。
『くそっ!! そのロゴの滲みを良く見せろ! ……ああ、何て事だ……偽物じゃない!!』
「……ああ、そうだとも! あんたが悔しがるのは判る……俺だってお前に見せられた例のカバンは自分が買い取りたかったからな!」
ジョセフはスマホを翳しながらロマネ・コンティのラベルを接写し、通話相手の絶叫に同意する。その後、向こう側の同業者はジョセフに何度も呪詛の叫びを繰り返し聞かせたが、とうとう根負けしたように呟いた。
『……はぁ、悔しいがそいつは本物だよ……なぁ、ジョセフ……俺に売ってくれんか?』
「そいつは無理な相談だな……もしお前がこれを手に入れたらその後どうする?」
『あぁ、あぁ……そりゃ電子競売に出すに決まってる。くそっ、買えないのは判ってるが、是非競りは拝ませて貰うからな!』
「判った、競売に出すのは今夜だ……だから、それまで自棄酒は止めておけよ?」
『はああぁ……辛いぜ……じゃあ、またな……』
通話を切ったジョセフは暫く黙ったままだったが、ミレは電子競売と聞いて好奇心に駆られて尋ねる。
「ねー、電子競売って何なの?」
「……ん? ああ、お前は知らんか。電子競売ってのはな、さっきの通話みたいに現物を動画で閲覧させて行う競りさ。まあ、大抵は昼夜問わず行われてるが……こいつを売るってなると夜間の競りでしか出せん」
「どうして夜なの?」
そう繰り返し尋ねるミレに、ジョセフは取り出したパイプに煙草を詰めてから、焦らすようにゆっくり火を点けて煙を燻らせてから答える。
「……ここまでの高額品になると、動画で競売者を募っても直ぐ競りにならん。何せ大金を用意する時間が必要だし、競売品の真贋も見極めにゃならんからな」
そう言いながらスマホを操作し、競売を専門に行っている各団体に動画を配信し返答を待つ。だが、ジョセフの予想を遥かに上回る返答が送られてきて彼のスマホは通知の告知音が鳴り止まなくなる。
「……たまげたな、こいつはかなり大事になっちまってるぞ……」
「あの……面倒な事に巻き込んじゃってごめんね……」
嵐のようなチャイムの音が鳴り止み、ジョセフが困ったように呟くのを聞いてミレが謝ると、
「……面倒? これがか? こんなもん祭りの前準備みたいなもんさ! さぁこれからが本腰入れて気張る時間だ!!」




