③得体の知れぬ敵味方
それにしても、とガラルドは状況を受け入れながら思考する。手駒はモデロとボンゴ、そして自分。ミレは最初から戦力外である。
横槍を入れてきたのは大方、金の匂いに寄ってきた略奪専門の連中だろう。ニセロが網に引っ掛かったのは予想外だったが、トラブルのきっかけはいつも他人なのだ。慎重に動いてきた自分ではなく。
(……じゃあ、マデュラのように限り無く他人に関わらん生き方を選べと? そんなもん、無人島にでも行かんと出来ん相談だな……)
ガラルドはそう思い、その排他主義者だった筈の彼が妻以外と唯一関わった人間のミレを見る。
(……こいつも、マデュラの正体を知ったらどう思うのか……まあ、それは今は関係無いが……)
そう、今は関係無い。今するべき事は過去の出来事に思いを馳せる事ではなく、目の前の問題を片付ける事である。そう結論付けながら、ガラルドは咽頭マイクを指先で押す。
【……ボンゴ、罠はもう止めろ。モデロが道を切り開いたら進むぞ】
小声でそう囁くと、直ぐにヘッドセット越しに聞き慣れた声が響く。
【……ぼ、ボス……わ、判った……】
【……やられっ放しじゃつまらんからな、たまには派手にいくぞ。こっちには大金抱えたお姫様がいるからな……】
【……や、やろう……ふ、ふふ……か、狩りは好きだよ……】
普段は感情の起伏に乏しいボンゴだが、珍しく笑い声を上げて同意する。そして、その通話を最後にガラルドは通信を途絶させた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……ガラルドさん、途中から追跡が無くなった気がしますが……」
前方で僅かに聞こえる銃撃戦の喧騒を頼りに走り続けて来たミレが、後ろを振り向きながらガラルドに尋ねる。
「追跡か、そいつぁボンゴが真面目に殿で露払いしてきたからな……」
「露払い……って、ボンゴさん銃持って無かったですけど?」
爆薬と起爆装置を仕掛けていた姿は見ていたミレだが、ボンゴは大きめのウエストバッグ以外に目立つ銃器は持っていなかった。だから露払いと聞いた彼女は、一体どうやってそれを成せたのか気になったのだ。
「奴には、銃なんぞ必要無ぇ。自分の手足が満足に動かせりゃ事足りるのさ」
「……もしかして、しーきゅーびーってのですか?」
ミレは乏しい知識を総動員させて、近接戦闘技術なのかと聞いてみるが、ガラルドは苦笑いしながら、
「そんな上等なモンじゃねぇよ、あいつのは何と言うか……只のステゴロって奴だ」
そう言って首を振り否定する。ミレが言ったC・Q・Bは銃器を用いた閉鎖空間での戦闘技術だが、ガラルドの話からすると全く別物らしい。ただ、それを見る機会はどうやら今の彼女には訪れなさそうだった。
「……おっ、見えてきたぜ」
ガラルドが進行方向を指差すと、モデロが足元に転がる襲撃者の頭部に向けてアサルトライフルの銃口を向けて、
「おいっ! 今なら死にゃしねえから吐きやがれ! でねぇとてめぇ死ぬぞ!?」
そう叫びながら銃創の出来た太腿を踏み付ける。だが、相手はぐあぁと呻くものの情報らしき事は一切口にしない。
「……くそっ! 埒が明かねぇ……おっ、ボス! ……と、クソガキ無事か?」
「クソガキクソガキってうるさいっ!!」
「黙れクソガキ……ボス、こいつら何なのか吐かせようとしてもよ、てんで口が固ぇんだよ……」
そう言って困ったように首を傾げるが、ミレはそんな彼の身体の至る所に銃弾が貫通した血痕を見つけて駆け寄る。
「ち、ちょっと待ってモデロさん! 身体中、穴だらけですよ!?」
「んぁ? あー、こんなもん掠り傷だぁ……」
「バカ言わないでください! これのどこが掠り傷……っ!?」
服の上からでも判る傷を手当てしようとミレがモデロにしがみつき袖口を捲ろうとすると、モデロは急に抵抗するように腕を振る。そんな様子に必死に止血しようとミレも食い下がるが、袖の下から現れたのは血の跡だけで肝心な傷口が見当たらない。
「えっ!? えっ……?」
「だーかーらぁ! 只の掠り傷だってんだよクソガキぃ!!」
目の前の光景に唖然とするミレだが、モデロはいつものようにそう吐き捨てながら口調と裏腹に彼女を肘先でそっと押し退ける。
「でも、腕とかお腹とかに服の……でも……」
「……悪ぃがミレ、ここらで見た事は黙っといてくれ」
突然の出来事に混乱するミレの肩に、後ろからゴツく節くれ立った指先が載せられてモデロから引き離される。
「……ガラルドさん?」
「詳しくは言えねぇが、モデロみてぇに俺達はちょっと変わっててな。他の連中にバレると解体分析されかねん体質だ」
「……わ、判りました……」
そう念押しされたミレは、不承不承ながら同意した。




