②ロマネ・コンティ死守
ミレから見れば只の埃を被った小汚い瓶入りのワインだが、ラベルを見たガラルドは一瞬で目の色を変えた。
「……俺も詳しくねぇが、ロマネっていえば泣く子も黙る高級ワインの代名詞じゃねぇか」
「ふむぅ、そうなの?」
「それもコレクター垂涎の的、超の付く類いだ」
思わぬ掘り出し物に驚くガラルドだが、探り当てた本人のミレは余り感動していない。まぁ酒を飲まない人種から見れば似たようなものだろう。
「なぁ、ボス! こいつそんなに高いのかよ?」
モデロもやはりピンと来ないのか、白と黒の地味なラベルを胡散臭げな目付きで睨む。
「……も、モデロ……い、一本で輸入車買えるかも……」
「はぁ? たかがワインに!? 下らねぇ……」
「他のはどうだ」
「う〜ん、同じラベルは無いし……他はバーコードが付いてるし高くない奴ばっかりかなぁ」
本音を言えばミレだって全部持ち帰って調べたいが、状況から見て瓶を複数運ぶのは無理そうだ。他は次の機会にとミレがそう思ったその時、ガラルドが瓶をぐいとミレに押し付ける。
「よし、こいつはお前が持て」
「ええーっ?」
「ええじゃねぇ、黙って運べ荷物持ち」
ミレは渋々ながらリュックを降ろし、その中心にロマネ・コンティを収めると周囲にタオルを詰めて緩衝材代わりにする。
「……これでよし……かな?」
「モデロ、先に出ろ。ミレが続けて俺とボンゴは後だ」
「……クソガキ、死んでも割るんじゃねぇぞ!」
口の悪いモデロがそう言うとミレは言い返したくなるが、確かに彼の言う通りだ。
「うん、何があっても割らないつもり!」
「……判ってりゃいいんだよ、クソガキ……」
そう言い交しながら地下室の階段を駆け上がり、先に出たモデロが元来た方向に身体を向けかけるが立ち止まり、ミレの前に立ち彼女の頭を手で抑え付ける。
「わぷっ!?」
「……黙ってろ、死にたくなきゃな……」
そして自分も中腰になり、背後に向けて手で合図を送る。すると何かを察しガラルドとボンゴは出てきたばかりの地下室入り口を素早く塞ぎ、その上に鉢植えやテーブルを載せて隠してしまう。
(……敵ですか?)
(……黙れクソガキ……正規軍じゃねえが、同業者とも思えねぇな……)
フェイスマスクで表情は見えないが、小声で呟くモデロの口調から芳しくない状況だとミレにも理解出来る。どうやら他の不法侵入者らしき連中が、この保養地に来ているようだ。ただ、どうやってそれにモデロが気付いたのか。ミレは知りたかったが、彼の態度から簡単に種明かしするとは思えない。だが、そんな思惑を他所に事態は変わっていく。
それまで監視に徹していたモデロが、抱えていたアサルトライフルのセーフティを外し、引き金に右手人差し指を添える。
(……クソガキ、お前は一旦下がりやがれ……)
(……ガラルドさんの所まで?)
(……そーだ! 判ったらとっとと行け!!)
ミレがモデロに背を向けて走り出すと、今まで物音一つ無かった別荘地から発砲音が鳴り響き、彼女の周辺が複数の着弾で沸き立つ。だが、それも一瞬で止む。
「ガラルドさん!」
「逃げ損ねたか、まぁ良い。ミレ、今はお前を逃がす事が最優先だ。だからさっさと撤退しろ」
「でも、どうして急に襲ってきたんだろ……」
「……さぁな、役所のハッキングから枝が付いたのかもしれん。何にせよ……来るぞ」
話しながらガラルドが銃を構え、元居た別荘の外壁沿いに退路を確保しながら進む。その間も周囲から、ジリジリと迫る襲撃者の気配が数を増す。
「……ど、どんどん増えるよ……や、奴ら細胞分裂してるかも……」
「するか、バカ言え……」
ジョークを混ぜながらボンゴが背後から迫る敵を牽制する為、足元にワイヤートラップを仕掛ける。その手際良さにミレは目を奪われそうになるが、
「ミレ、見物したきゃ後で好きなだけさせてやる。今は足を動かせ」
「そ、そうですね……」
ガラルドに急かされミレは背中を丸めたまま植え込みの間を抜ける。その背後からモデロらしき叫び声と発砲音が続き、激しい銃撃戦が続いているようだ。
「モデロさん、大丈夫でしょうか……」
「ほぉ、心配してるのか」
「べ、別にそうじゃないですけど!!」
ミレの言葉にガラルドがそう言うと、むきになって返答してしまう。だが、その発言をやんわりと受け流しながら、
「……まあ、普通はそう思うだろうが……心配は要らん。あいつも俺達も、そこまでやわな身体じゃないもんでな」
謎めいた言い方をして、ミレを煙に巻いてしまった。




