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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
2章

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23/55

⑫白い病棟



 東海地域から帰国したミレがまず最初にしたのは、ニセロが手配した病院に収容されている母親に会いに行く事だった。しかしそこはミレ達が居住しているステーションからかなり距離が離れている上、しかも特権階級の元役人達が莫大な年金を積んで入居する金持ち専用の城と言って差し支えなかった。



 「くれぐれも粗相は無しにしろよ、一歩間違ったらお前も母親も即刻排除されるからな」


 ニセロの助言に絶句しながら黙って頷き、指定された施設への行き先を記したメモを握り締め、偽造身分証を片手にミレは幾つもの検問所を抜けて自動運転バスに乗り込む。バスは呆れる程ゆっくり進んだが、その途中誰もバスには乗らずほぼ貸し切りであった。ニセロから空爆の心配は皆無とは聞いていたが、実際に見てそれもそうだろうと納得する。すれ違う車両は機銃を常に上に向けた軍用車両ばかりで、それも一定の区間だけ巡回しつつ防空任務に徹しているように見えたのだ。



 「……何これ、本当に病院?」


 母親が収容されている病院はリゾート地のホテル並みに消毒臭の欠片も無いデザインで、白い外壁は緩やかなカーブを描きながら地面から屋上まで伸び、ミレは登れそうだけど自重しなきゃと自分に言い聞かせつつ、受け付けで母親との面会希望を申請した。



 「……ミレーヌ様、私的な所見として聞いて頂きたいのですが……正直に申し上げますと、余命は一年未満だと思います」

 「……そうですか……」


 ニセロがどのような手腕を発揮して実現させたのか判らないが、ミレの母親は特別待遇の官僚夫人(の誰かとすり替えたのだろう)として入院していた。そのやたらと長い偽名に混ぜられた母親の実名に鼻白む思いを抱きつつ聞かされたのは、丁寧な口調と親しげな態度の誰が見ても完全無欠の若々しい医師(美容整形も手首の皺までは隠せない)が告げる病状だった。


 「……入院当時、腎臓と膵臓が非常に危険な状態でした。出来る限り負担の少ない手術も検討しましたが……()()()()の体力を考慮した結果、苦痛を緩和する対処療法に徹するのが一番だろうと思われます」

 「……は、はい……後見人の皆様には、そう伝えておきます」


 メモに引かれた赤線で【お前は孫娘のミレーヌとして面会する!】と記された箇所を食い入るように見つめながら、ミレはミレーヌとして演じきった。実の母親を祖母として扱う筋書きは、残酷な現状を緩和するには全く役に立たなかったが今のミレは虚無の心境で何も感じない。


 「……代理人としてミレーヌ様の署名を頂ければ、当院は終末施設(ホスピス)として最善を尽くします。宜しいでしょうか」


 医師の口からホスピス、と聞いてミレは一瞬身を震わせる。母親を手の届かない場所に預け、一歩間違えれば死に目には立ち会えないかもしれない。では、衰弱する母親を自らの手で薬漬けにしながら安楽死させる方がマシなのか。


 (……誰か、助けてよ……こんなの本当に望まないの判ってるでしょ……!?)


 「……わ、判りました……皆様には……もう長くない……って……」


 本当の思いと乖離したその震える声は、さぞ弱々しいご令嬢らしく聞こえただろう。だが、ミレの魂から振り絞る声はふんぞり返る運命の神を呪詛の刃で貫き、その緩んだ全身に対空二十ミリ四連装キャノン砲を叩き込めと咆哮を上げ続けた。



 「……ミレ? ここの皆さん凄く優しくてね! それに身体も、とーっても軽くなったの!」

 「……うん、うん……」

 「本当に、ここ紹介してくださったニシェロさん……でしたっけ? ミレからも良くお礼を言っておいてね?」

 「……うん、ホントにそうだね……!」


 医師が立ち去った後、目を覚ました母親はすっかり元気を取り戻して溌剌はつらつと話す。だが、ミレは母親に本当の事は言えなかった。きっと、近いうちに眠るように安らかに母親は死ぬ。苦しまず、ミレと母親を残して消息を絶った夫も恨まず、その日陰に咲く野花じみた生き方と同じように……。




 「……あの、その……お母さんの事、ありがとうございます」

 「……ああ、あれか……まあ、元気出せ」

 「……でも、どうやってあんな場所に……」


 礼を言いにニセロの事務所を訪ねたミレは、どんな錬金術や黒魔術を用いれば母親と金持ち夫人をすり替えられたのか聞きたかったが、ニセロは答えずミレの背後に向けて声を掛ける。


 「早かったな」

 「おう、まぁな……で、この娘か?」

 「そうだ」


 ついさっき自分が閉めた筈のドアはいつの間にか開け放たれ、ニセロと声を掛け合いながらその男はゴスゴスと独特なブーツの音を響かせながら部屋の中に入ってくる。


 「……ほ、本当だ……へぇ……た、確かに小さいね」


 続けて現れた若者は吃音気味の話し方が独特だが、大人しい雰囲気と同様で常に誰かを間に挟みながらミレを観察する仕草から、慎重さがカンストしているタイプなのだろう。


 「何だよボンゴ! お前ぇガキが好みか!?」


 そしてやたらとやかましいもう一人は、いかにも脳筋丸出しである。だが、口調の割りに隙を見つけてきちんとニセロに向かって会釈する様は良く調教された軍用犬に似ている。


 「……も、モデロは、じ、熟女でしょ……」

 「おっ!? 言ってくれんじゃねぇか!!」

 「……モデロ、ここが騒ぐ場所じゃねぇって、判ってるよな」

 「……おう、知ってるよ」


 いつもの事なのか、ボンゴに向けて牙を剥く素振りを見せるモデロに一人目が睨みを利かせると素直に引く。


 「……ぼ、ボスは知ってたの?」

 「いや、知らなかったぜ」


 ボンゴにそう尋ねられ、男は率直に答える。そしてニセロの前に置かれた椅子に座りながら、感情の欠けた瞳をミレに向ける。


 「……初めましてお嬢さん、と言いたいが……お互い初対面じゃねぇ。国際大学の物理学棟って言やぁ……覚えてるだろ?」


 ぎしっ、と椅子を軋ませながら男が尋ねると、ミレは筋力増強剤まで使いながら大損したあの日の事を思い出した。


 「……うわぁっ、まさかあの時の三人組!?」

 「そうさ、あの時の三人組だよ……なぁニセロよ、お前も随分と小洒落た真似してくれるな」

 「そうか、気に入って貰えて光栄だ」

 「……くそ、全く……調子が狂いやがる」


 仰々しくミレが驚くと、ボスと呼ばれた男は腕組みしたままギロッとニセロを睨む。すると彼女はコーヒーカップを置きながらチョコを一口噛み、涼しい顔でしれっと言い返す。だが、たったそれだけでその場は穏やかな雰囲気を取り戻した。



 ニセロ曰く、あの日の事は単純なダブルブッキングに近い偶然で、東西非支配地域下での鍔迫り合いが続く大学棟跡でミレと三人組はすれ違う予定だったらしい。だが、意外な程の収穫にミレはつい欲を出し、そのもぬけの殻と化した物理学棟で無駄足を踏まされた彼等は撤退ギリギリまで居る羽目になったのだ。


 「……あの後、西側陣営の()()()連中と追っかけっこだった」

 「……ああ、正規掃討部隊か。あいつらは仕事熱心だからな、スカベンジャーといえど本気だっただろう」

 「お陰で丸一日が無駄になった……下手に殺せば執念深く地獄の果てまで追ってくるからな」


 物騒な内容を話すニセロと男だが、ミレから見れば随分と打ち解けて話す二人であり、傍らの二人は彼等を茶化す事も無く大人しい。


 (……ふむぅ? これは……もしかして!?)


 鈍感なミレでも、何となく察した気分になった。




 「……こいつと組めだと?」

 「あの、それは何と言うか……」


 つい二人でタイミングが重なる程、ニセロのその提案は謎に満ちていた。


 「……あんたら三人は、確かに強い。斥候役のボンゴは手抜かり無く、モデロも気性が荒いクセに引き際を見誤らない」

 「……そ、そうかな……そ、そうなのかな……?」

 「けっ、そんなん当たり前じゃねぇか! ……誰に仕込まれたと思ってんだよ」

 「……だけど、あんたらはスカベンジャーだ。稼ぐのは殺しでじゃない、盗みでだろ」


 ニセロに盗みと強調され、一瞬二人は互いの顔を見てから椅子に座る男に視線を移す。


 「……ぬけぬけと言いやがるが、確かにそうだ。俺達は、そこのお嬢さんに出し抜かれたんだからな」

 「そういう事だ、ミレ。こいつらは単独で動くお前と違い、いざとなれば力技で障害をぶち抜く。だが、スカベンジャーとしては半人前だ」


 痛烈な批評に()()()()も出ない男達だが、反論の余地は見当たらない。優秀な斥候役、勇敢な前衛に冷静な後衛。揃えば最小限で最大限の役割りを互いに担うが、肝心な物資の簒奪は誰が行うのか。


 「……腹が立つ程明確な言い草だが、いいだろう。この際だから乗ってやる」

 「……えっ? あの、納得されるのは良いんですが……私は別に独りで構わないと言うか……」

 「よし、ミレも了解してくれて良かった」

 「ふへっ!!?」

 「……自己紹介がまだだったな、俺はガラルド。元東側戦略機甲軍所属……だったが、今は只の()()()()だな」

 「モデロだ、ボスと同じく戦略機甲軍だったけどよ……脱走兵って奴だ」

 「……み、ミレさん、は、初めまして……ぼ、ボンゴ・フレシェッティ……だよ」


 こうしてミレの意思は黙殺されたまま、三人の男達と組む羽目になった。めでたし、めでたし。




 

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