⑨渡航
大口径銃をぶっ放して撃ちまくり、どんな敵もバッタバッタと倒す。銃に絡む妄想はだいたいそんなもんだろう。だが、現場で使うミレに言わせれば撃てばお金が減る疫病神じみた存在である。だから撃つ時は一発一発切るように撃ち、頭より腹、末端より中心といった動き難い場所を狙う。
いつもはそうして節約しているミレだったが、珍しい仕事に彼女は駆り出された。いや、ハッキリ言えば異次元に飛ばされたようなものである。
「……見本市? 何ですそれ……」
ミレはニセロが目の前に出した封筒をひっくり返し、何も書かれていないそれを不審げに眺める。紙はきっと高級そうなつやつやした質感なのだろうが、生憎と彼女にそんな価値観は判らない。
「ミレ、どんなものでも売り買いする市場があれば商品として成立するが、この国で一番売れてるのは何だか判るか」
「……うーん、食べ物かなぁ」
「ああ、その通りだ。だが二番目は何だか判るか」
「……弾薬でしょ?」
ミレがそう答えると、何だ判ってるかとニセロはつまらなそうな顔になる。
「……と、それはともかく。こいつはとある経緯で私の元に来た。とても面倒で厄介な仕事だ」
「えっ? じゃあ……私に?」
「お前だけじゃない、私も一緒に行かなきゃならん」
「……ええぇっ!? そんな仕事ってあるの!?」
あれだけ自分をインドア派だと明言していたニセロの発言が信じられず、ミレは思わず聞き返してしまう。すると心底嫌そうな表情のニセロは、さも当然だといった様子で告げる。
「かなり長い遠出になるからな、お前の母親には経費扱いで預かり入院して貰うぞ。勿論、投薬処方箋なら既に連絡してあるから心配無い」
……ミレはそれから偽造パスポート(西側国民の方がマシといえど非協力住民は気安く出国出来ない)を手渡され、ニセロと共に列車とバスを乗り継ぎ深夜に軍用空港から飛行機に乗った。
ミレは初めて飛行機に乗った。
「……あの、これ……トイレは?」
「ある訳無いだろ、民間機じゃない。只の貨物機だ」
【……機長から御来賓の皆様にお知らせする……当機は経由空港無しで目的地までひとっ飛びする……そんな訳で飛行中はシートベルトを外さないように……では、良い旅を……】
丁寧だが何処か醒めた口調な機長のアナウンスが機内に響くと、甲高い四発ジェットエンジンの咆哮と共に巨大な貨物機が一気に加速する。
「……ひぃっ!?」
小柄なミレの頭が進行方向の真横に揺れて直ぐ、がくんっと激しく跳ねた機体が持ち上がり、がらんとした機内の隔壁に突き出た椅子にニセロと並んで座りベルトで固定されたまま、ミレは飛び立った。募る尿意に苛まれつつ……。
「……いいか、今からお前は有能な秘書として同行するミレ・アルカンターレだ。忘れるなよ」
「それはいいんですけど……ここ何処ですか」
何だか良く判らないまま飛行機で運ばれたそこは、広大な空港の片隅にある倉庫の一角だった。但しそこまで一切の説明は無く、ただ何となく遠い場所だとは理解出来た。
「西側連合はな、正規非正規問わず様々な相手から武器や弾薬を買っている。その中には我々のような地下組織も入っているが、まあ相手はスカベンジャー絡みとは気付いていない」
「……今更そう言われても、何とも言えませんね」
「でだ、私も情報屋として広く浅く様々な相手と商売していれば自然と付き合いでやらねばならん案件も発生する。例えば武器の入手先から『俺の代わりに武器見本市に行ってくれ』と頼まれれば、断れん時もある」
「あー、何となく判ってきましたよ?」
「話が判って貰えて助かる。つまり、武器見本市に視察に行けと太客から命じられたのだ」
ここまで来て、漸くミレにも全体像が見えてきた。つまり、インドア原理主義者のニセロは一人で長旅に行くのが嫌だった訳で、結局ミレはこの旅の暇潰し役として選ばれただけなのだ。
「……あー、はい。成る程判りましたぁ……」
「お前、面倒な女だと思っているな」
「えー、そんな事無いですよー」
「お前、本っ当に嘘が下手くそだな」
ぶつくさ言い合いながら空港の倉庫を出ると、西側兵士が運転する四輪駆動車に乗せられて互いに無言のまま空港を出る。そして見覚えの有るリゾートホテルに到着し、巨大なスーツケースを引き摺りながらミレはニセロと共にチェックインする。
「さて、ここからはスカベンジャーの顔は引っ込めておけ。有能な秘書なら私の代わりに銃や武器を実際に触ってもらうから覚悟しておけ」
「あの、それなんですが……こんな格好で普通の秘書は武器の見本市に行くんですか」
ホテルの室内で着替えさせられたミレは、年に似合わぬタイトなスーツ姿。対してニセロは……普段から着慣れたスーツ姿。その違いは一目瞭然で、二人が並んで歩くと引率の先生と生徒で違和感しかない。
「……ぷふっ」
「だーかーらー!! そうやっていちいちこっち見て笑わないでくださいっ!!」
丈の短いスカートを必死に引っ張り下げながら叫ぶミレに、それしかサイズがなかったんだと半笑いのニセロだった。
「……それにしても、ここ何処の国なんですか」
ミレはニセロと共にホテルからタクシーに乗り、沢山の車が行き交う都市から高速道路を経由し郊外に向かっていた。
「地理に疎い君に言えるのは、東西に武器を輸出している東海地域の貿易国とだけだ」
「うーん、漠然としてますね」
「昔はな、武器の見本市といえば西側所属国で頻繁に行われていたが、今は貿易に注力している東海地域の方が盛んに行ってる。自律型戦車から個人携行飛行機器まで様々な展示をし、実際に購入出来る。お前も買ってみるか」
「要りませんよ、きっと高いでしょ……」
流れ行く車窓の景色を眺めているうちに、タクシーは広大な丘陵地帯に巨大なビル群が林立する奇妙な場所に近付いていく。
「……何なんです、この街は……?」
「ミレ、これから我々が向かうのはな……世界中に武器を売りまくっている、悪名高き【国境無き武器運搬船】の本拠地及び見本会場さ」
ミレはニセロの説明に耳を傾けながら、巨大なビルに寄生するように広がる様々な工場と関連施設が混在する、世界屈指の多国籍混成企業の本社ビルへと向かっていった。
「……はい、本日は当国境無き武器運搬船主催の見本市に遠路遥々お越し頂き有難う御座います」
「招待状はある、会場に行きたい」
「……確認出来ました。では、あちらの乗車場からバスをご利用ください」
タクシーを降り、動く歩道に乗ってわたわたしながらニセロの後ろにくっつき漸く辿り着いた本社ビル。そこで受付を経由し今度は移動用バスに乗り、ミレはやっと目的地の見本市会場にやって来たが……
「ふわあぁ……こ、これが武器見本市……?」
「お前な、お登りさん丸出しでキョロキョロするな……恥ずかしいったらないぞ」
大型トラックが悠々搬入出来そうな高い屋根と広さの会場に到着し、その広大さと様々な展示兵器の数々にミレは言葉を失う。そして、ここに来て彼女は……
「……お腹空いたなぁ……」
と、心の底から絞り出すような声と共にニセロの顔を見上げた。




