⑦籠もる理由
「……ぐう、やっぱりダメかなぁ」
その日、ミレは呻いていた。いや別に撃たれたり何処か不調だった訳ではなく、様々な気懸かりが多過ぎて悶えているだけで基本的に心配する必要はない。ないって言ったらない。
だが悩んでいても時間が止まる訳では無く、取り巻く環境も彼女に特別待遇を与えるつもりは無い。
「……また、土管に籠もる訳かぁ……」
比喩的な意味ではなく、ミレは危機的状況に陥った際に良く土管に籠もる選択をする。因みに専門分野ではヒューム管に分類されるそのコンクリート製の土管は、筒状に形成した鉄筋の網を芯にして遠心力を利用しコンクリートを流し込んで固める製法により、低コストながら高耐久性に優れている。そして何より重要な事は……小柄なミレが隠れるのに丁度良くオマケに銃弾に負けない程頑丈なのだ。
「さて、よっこらしょ……っと」
廃墟の片隅に半ば埋もれながら突き出すように置かれたヒューム管は、ミレが中に入ってしゃがみ込めば丁度良い按配である。但し、中に彼女が居ると判れば手榴弾一発で簡単に処理出来る。決して安易に入るべき隠れ場所ではない。
そもそも、ミレがこうして窮地に陥っているのもヒューム管のせいで、たまたま他のスカベンジャー達と縄張り争いを避けようと撤退しかけたその時、土管の端に足をぶつけてえらい勢いでぶっ転んで気付かれたからだ。
「さて、暫く息を潜めますか……」
ヒューム管の壁に背中を押し付け、ミレはそう呟きながら聴音に集中する。ただ音を聴くだけだと馬鹿にしては生き残れない、ミレは経験を元にそう確信しながら耳を澄ませる。暫くすると、足音と共に小声で遣り取りする会話が近付いて来た。
(……おい、本当に一人だったのか?)
(ああ、ちっさい背丈で子供みたいで……)
(……子供? 冗談だろ、ここはガキが気軽に遊びに来る場所じゃねぇぞ)
貨物列車の集積所跡に逃げ込んだミレを追い、三人のスカベンジャー達が彼女を見つけようと近付いて来るようだ。装備品は逃げる間際にちらっと一瞬しか見れなかったが、重装ではなく割りと軽装に思えた。だが、3対1の圧倒的な数の差は埋めようが無い。相手を少しでも戦闘不能にして減らせれば良いが、ミレにそんなつもりは全く無い。上手く凌いで逃げられれば、それで良いのだが……
(……そういやよ、例の売春屋……摘発されて無くなっちまったってな)
(おいおい、今は勘弁してくれよ……)
(何でそんな話、急に振ってやがんだ?)
(……いやな、今追ってる奴さ……女じゃないかって気がして……シャンプーの匂いって判るだろ? あんな匂いを嗅いだ気がしてよ)
場所違いの話題に呆れる仲間だったが、わざわざそんな話を振る奴が語るにしては妙な説得力があった。ミレ自身は全く気付かないが、女性というのは二つ選択肢があったら、だいたい女性らしさを感じさせる物を選ぶ。食事のメニュー然り、洗髪剤然り。
(……あー、よくあるよな。町ん中でもすれ違った時に判る位だから)
(でも、男だって髪やシャンプーに拘る奴はいるだろ)
(判ってねぇな、男物と女物はよ……全然匂いが違うんだって)
ふとミレは自分の袖口や襟元をクンクンと嗅ぎ回り、いやまさかそんな訳無いでしょと否定するが男達の妄想はやっぱり止まらない。
(……でもきっとスカベンジャーだからさ、すげぇババアかオカマかもしれねぇぜ?)
(お前の中のスカベンジャーって、ババアとオカマだらけなのかよ)
(違うって……ただよ、背丈低くてシャンプーも女物って所が何だか……たまらなくてさ)
(ああ、何となく判るな。どんな環境でも女らしさを忘れないってのだろ?)
三人の会話は微妙に脱線しつつ、けれど自分達が目撃したのは熟女や女装癖持ち等ではなく、適度に若い女性だという点は動かないらしい。ミレにとっては非常に迷惑な盛り上がり方に辟易するしかない。
やがてシュボッ、とライターの音が鳴り、どうやら男達は壁の向こう側でタバコに火を点けたらしい。察するに彼等は見失った女スカベンジャーについて、本腰を入れて徹底的に語り合いたいようだ。ミレにとっては誠に迷惑極まりないが。
(……女が一人でスカベンジャー稼業ってのは、ちょっと現実味無いだろ)
(あー、確かにそうだな……でも、野郎共に混ざって仕事するとさ、すぐ色恋沙汰になりゃしないか?)
(庇護本能をくすぐるってな、まあ良くありそうだが)
ミレは空想上の人魚について語るんじゃあるまいしと苦々しく思う。だがしかしヒューム管の壁一枚隔てて生身のミレが居るにも関わらず、彼等はミレの本当の容姿も何も知らないのだから仕方ない。
(俺もちらっとしか見えなかったが、結構華奢な体に見えたけどよ)
(スカベンジャーってよ、走ったり重いもん担いだりしてそれなりに逞しくならんか?)
(だからよ、体脂肪率低いんだろきっと)
体脂肪率と聞いて、ミレはほんの少しだけドキッとする。別に毎日体重計に乗っている訳では無いが、最近ちょっとだけベルトの穴が、いや確かにベルトの穴が一つ外側に近付いたのだ。慌てながらミレが二の腕を摘んだり脇腹の辺りを触ったりしているうちに、三人の話が煮詰まってくる。
(……で、そいつ見つけたらお前、どうする気だよ)
(いや、そりゃあ……ちょっと声かけて自然な感じで話しかけてよ……)
(スカベンジャー相手に何言うつもりなんだ?)
相手の顔も知らないのに、とうとう自然な会話の切り出し方を模索していたかと思ったが、
(……結局、自分より有能だったら成立しやしねぇだろ、そんな話しかけ方は)
(……なあ、拝み倒したらやらせてくれるかなぁ……)
(どうせバレなきゃ3対1だろ、適当にごまかせるだろ)
遂に力任せな選択に傾き始めたのを確認したミレは、やれやれと思いながらスタングレネードのピンを抜いて頭越しに放り投げた。
(……ぎゃっ!?)
(ぐあぁ……っ!!)
(くそっ、どこに隠れてやがった!?)
ヒューム管からひょいと身軽に飛び出したミレは、ちらっと三人組の顔を見て(脈無しに決まってるでしょ!)と蹴り飛ばしてやりたい衝動を抑えつつ、すぐ脇を通り抜けて急いで立ち去った。
「それは気の毒だったな、しかしお陰で貞操の危機も迎えず無事に帰れて良かったじゃないか」
「……そりゃそうですけど、ねぇ」
報告の為ニセロのオフィスを訪れたミレに、彼女は同情の欠片も無い言葉をかける。
「じゃあ、ニセロさんならどうやって逃げたんです?」
「ミレ、私は自他共に認めるインドア原理主義者だ。野外活動したくないから必死にデスクワークを務めるし、こうして日焼けも一切してないのだ」
白い照明に照らされながら真っ白な肌を見せるニセロに、ミレははいはいそうですかと不貞腐れながら返答する。大した利益の無かった一日だが、こうして平凡な世間話をして終えられる事に彼女は少しだけ感謝した。




