⑤新たな相棒
ミレの銃に対する知識は現場で身につけた物で、師匠的な存在が居る訳では無い。そもそも銃は単純な道具に過ぎず、使えば理解出来るが触らなければどれだけ知識が有っても意味は無い。但し、使う状況にならない方が圧倒的に安全な事に変わり無い。
「……やっぱりフレームがダメなのかな……」
ミレはそう呟きながらハンドガンを規定の手順で分解し、ライフリングが刻まれた銃身を覗き込む。彼女の体格に合う大きさの銃ではあるが、使い込めば組み付け精度は少しづつ狂っていく。銃の大小に関わらず長年使えば金属同士が接触する箇所は油を塗っても摩耗し、ネジで締め付けてある場所は緩んでガタが来る。
「……悩んでも判らないや」
あっさり諦めたミレは銃を組み直し、専門店に持ち込む事にした。
「ねー、やっぱりダメ?」
「……お前、こいつをどの位使ってきた」
「うーん、たぶん半年位かな……」
銃の整備とパーツ屋のオルトに手渡したミレが尋ねると、彼は半年か……と言いながら、あっさり分解してしまう。
「……はやっ!!」
「あのなぁ、こんなもん掃除機のフィルター交換より簡単だぞ」
オルトは呆れながらそう言うと分解した銃の各部品をノギスで測り、メモ帳と照らし合わせながら【可】と【不可】の両方に分けていく。
「……フレームは再利用出来るけどよ、リコイルスプリングとスライドはダメだな」
「えー? じゃあ直せないの?」
「まあ、買った方が安いぞ。使えるパーツは買い取りに回したとしても、使えないパーツを買う値段が乗ったら……中古品の方が安いな」
プロらしく冷静に告げられてミレはぐうの音も出ず、よよと萎れてしまう。
「一人で仕事するようになって、最初に買ったのに……」
「そういう拘りは理解するがな、商売道具だろ? いざとなって動作不良られたら泣くのはお前だぞ」
バラバラになった元相棒を悲しげに見詰めるミレだったが、そんな彼女にオルトは商売人の顔になって告げる。
「……でだ、そんなお前にお勧めのハンドガンが有るが……見てみるか」
「……お勧め?」
「ああ、お前向けの奴だ」
どうやら彼女に買わせたい銃があるらしく、オルトはそう言いながらボール紙製の箱を取り出してテーブルの上に置く。
「まあ、何処の国や企業が作ったとかそんな与太話は置いておくが……先ずは持ってみろ」
オルトは箱の中から取り出したハンドガンのレバーを操作して弾倉を外し、ミレに向けて差し出す。彼女はそれを受け取った瞬間、その軽さに驚き目を丸くする。
「何これ……オモチャじゃないよね!?」
「オモチャを俺が売る訳無いだろ……」
そう言って呆れるオルトを尻目に、ミレは軽く両足を開いて身体の横に手を降ろし、掴んでいたハンドガンを真正面に向けながら構えてみる。軽さは正義と言うが、正にその通りとしか思えない軽さとバランスにミレは自然と笑みが溢れてしまう。
「わぁ! 軽い!! それに構え易い!!」
「今まで使ってたメタルフレームと違うだろ。お前、ポリマーフレームって知ってるか?」
「判んない」
「あのなぁ……判り易く言うと、その辺の強化プラスチックと変わらん素材さ」
「プラスチックで火薬の爆発に耐えられるの!?」
ミレが仰々しく驚くと、いいから良く聞けとオルトがマグカップを二つ出して話し始める。
「銃ってのはな、火薬を爆発させる場所と燃焼ガスで銃弾を押し出す筒、それに銃弾を仕舞うスペースと空いた薬莢を捨てる穴が必要なんだ。判るか?」
「ふんふん」
「……どうせ判ってねぇだろうがよ……」
オルトはボヤきながらマグカップにポットからコーヒーを注ぎ、ミレ用には砂糖とミルク、自分用はそのままで机の上に置く。
オルトは机の上にさっき分解したミレのハンドガンのパーツを並べ、判り易く説明する。
「いいか、金属パーツなんざバネと撃鉄、それにシリンダーとバレル位で十分なんだよ。で、このシリンダーの中で薬莢の火薬に点火して燃焼ガスを銃弾の尻で受け止めて、ドカンとやりゃあ撃てるって訳さ」
バネを外側に回したバレル、シリンダー、そして撃鉄と一直線に並べ、下から薬莢に入った銃弾を押し上げる。そう説明されると、流石にミレでも理解は出来る。
「じゃあ、何で今まで銃の外側って金属だったの?」
「……正直に言えば、ただ格好良いからだな」
「そんな理由!?」
「だから、理由の一つとすればだよ。昔は頑丈な樹脂パーツが形成出来なかったが、今じゃ複雑な形状でも3Dプリンターで作れるからな」
そう言いながらさっき見せたポリマーフレームのハンドガンを分解し、ミレのハンドガンと並べる。
「まあ、こうやって比較すりゃあ……大して変わらんだろ」
「うん、フレームとグリップの周り、それにトリガーと弾倉は樹脂で良いって訳だね」
「ま、そう言う事さ」
「……で、これ幾ら?」
「まあ、七百ってとこだな」
「うわっ、結構するなぁ……」
オルト曰く中古品だからそれでも割安らしく、おまけでメンテナンスは暫くタダにするぞと言われ、ミレは渋々ながら購入する事に決めた。
「グリスは専用のこいつを使えよ? 金属用だと樹脂が負けちまうからな」
「はーい、判りました!」
追加でグリスも貰い、ミレはオルトに元気よく返答する。その声に応えるようにマグカップを上げたオルトは、やや冷えたコーヒーを飲み干した。




