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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
2章

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④人間狩り



 緊急の呼び出しだと知ったミレは何事かと思い、母親の薬が入った袋を手に持ったままスマホを耳に当てた。


 「……ミレです、何かありましたか」

 『……急で悪いが、直ぐ来てくれ』

 「今ちょっと出先なんで、一旦家に戻ってからで構いませんか?」

 『……急いで来い』


 がやがやと騒がしいステーションの薬屋(錠剤の空殻さえ有れば処方箋無しで買える!)の外で通話を切り、急いで家に戻る。母親に薬を手渡し急用がと切り出すと、ミレを気遣い頷くがそれ以上何も言わなかった。



 息を切らしながらニセロの部屋に着くと、見慣れない数人の男達と共に彼女が待っていた。


 「よし、揃ったな」

 「……あ? 何だよこんなガキを待ってたのか?」

 「お前も随分言うようになったな、青二才の癖に」

 「……けっ、判ったよ……」


 ミレを見て子供扱いする奴も居たが、ニセロに睨まれて黙り込む。だが、事の次第が判らないミレは何も言わず彼女の説明を待った。


 「では、状況を話すぞ。先日、ステーションの担当責任者が視察中に射殺された。まあ、それは別に問題無いが」


 問題無いと聞いたミレはぎょっとするが、周囲の男達は眉一つ動かさない。賄賂を受け取ってステーションの存在を黙認している政府関係者が暗殺されたのに、ニセロも他の男達も気にしていないのだが、その理由までミレは知らない。


 「……さて、問題は暗殺したのが他の【闇市場】が派遣したスカベンジャーらしい、という事だ。判っていると思うが、闇市場同士が戦うのは非常に不味い。余計な勢力争いが起きれば市場が放置され、供給が必要な物資の流入が断たれる。出来るなら暗殺者は生かして捕らえ、必要な情報を得たい。こちらが相手より上手だと示せれば、報復も避けられるだろう」


 そこまで説明したニセロだったが、言葉を区切り時間を置いてから切り出した。


 「……と、ここまでは建て前だ。本音を言えば、くだらん縄張り根性で喧嘩を吹っ掛けてくるなら喜んで買おう。いいかお前ら、必ず実行犯を捕まえて全て吐かせろ。そして相手が判ったら……全力で思い知らせてやれ」




 ステーションには多数の監視カメラがあり、それを利用すれば実行犯は簡単に見つかった。後は逃走先の廃墟を特定し、強行突入するだけだ。だが、そんな最中にも関わらずミレはこう思う。


 「……でも、やっぱり私って必要なのかな」



 ミレはニセロから全体の監視役を命じられ、その処遇に男達から疑問の声が上がる。だが、そうした反応に彼女は、


 「ミレならお前らが万が一全滅しても、必ず戻って来る。だから監視役に丁度良い」


 たったそれだけ言うと質疑応答は終わりだとミーティングを打ち切った。




 ミレは実際、全体を見通せる離れた場所で狙撃銃の倍率スコープを使い、監視と補佐の両方を兼任していた。狙撃に関しては、周辺警戒やサポートを請け負うバックアップが必要なのだが、超遠隔ドローンによる着弾補正が出来るので一人でも何とかなりそうだった。


 【……只、隠れていると思うか?】

 【いや、こちらを誘っているかもな】


 無線越しに名も知らない男達の会話を聞きつつ、ミレは実行犯が身を隠している廃墟を監視する。その廃墟は過去に上水道設備だったらしく、太いパイプが建物から近くの川まで伸びている。だが、今は三方向からじりじりと近寄る突入班の補佐が優先だ。


 【……各自、マーカーのスイッチをオンにしてください】


 A【……へいへい】

 B【誤射すんなよ?】

 C【俺から先に入るぞ……】


 ミレが無線でそう伝えると、ABCと割り振った各員から声が返って来る。名前を聞いても意味は無いし、どうせ知らない者同士である。余計な情報は必要無い。


 C【……クリア。ハンマーヘッド、向こうに動きは有るか】

 【……熱探、動き無し。気付かれないよう進んでください】

 A【……入るぞ】

 B【……続くぜ】


 続々と残りも侵入し、廃墟内は赤外線スコープで見ているミレには複数の人影が動いて見える。だが、廃墟奥の実行犯に依然動きは無い。


 【……クリアリングを終えたら、そのまま合流して奥の部屋の手前で待機してください】

 A【……判った】

 B【……同じく】

 C【……ハンマーヘッド、向こうの様子は?】

 【……たぶん、二人です。動きは無いみたいです】


 ミレは尋ねられ、赤外線スコープを覗き相手の人数を確認する。事前の情報通り二人だと告げ、様子を見ようと集中したその時、


 【……何で? 温度が上がってる……】


 隠れている実行犯の周辺温度が上昇し、真っ青だった筈の室内が徐々に緑色に変わっていく。それに伴い実行犯自身の体温も上昇し、身体の周囲が黄色から赤に変じている。


 【……何かおかしい……実行犯の表面温度が上がってるよ!】


 だが、ミレが無線でそう訴えかけた直後、突入班が鎮圧手榴弾(スタン・グレネード)を僅かに開けたドアの向こうに一斉に投げ込み、扉の壁際に張り付いた。


 ……バンッ、とミレの周囲まで振動させる程の強烈な炸裂音を合図に、突入班の一人がドアを蹴り開け後続を援護する為にショットガンを構える。


 B【……行くぞっ!!】

 A【おらああぁっ!!】


 流石にニセロが選別した手合いらしく、二人は闇雲に乱射などせず姿勢を低くしながら素早く雪崩込み、三人目もショットガンを壁際から突き出して二人の援護に回る。


 (……何も無かった、のかな……)


 ミレはスコープから目を離してドローンを操作し、状況を把握する為に上空から降下させ廃墟を水平方向で待機させる。そうしてカメラの角度を変えて視野を望遠から広角に変えた直後、


 【……おらっ、大人しくしろっ!!】

 【呆気無ぇな、スタン・グレネードが効き過ぎたか?】


 先頭の二人が実行犯と接触したのか、鈍い打撃音とくぐもった呻き声がインカム越しに聞こえてくる。銃のストックか何かで相手を殴りつけたらしく、続けて人が地面に倒れるドサッという音が鳴るが、


 C 【……待て、そっちの奴が……】

 A 【んだぁ、こら! さっさと膝を衝けってんだよ!!】


 血の気が多いのか、Aが再び残されたもう一人の実行犯に一発お見舞いしようと叫び、ミレは慌てて赤外線スコープを覗き込んだ。だが、異変は水面下で続いていたようだ。


 【……何これ……熱量がおかしいよ、そいつ!】


 何かの前兆かもとミレが叫ぶと同時に、廃墟の中の状況が一変する。


 A【……んがっ!? こ、こいつ……】

 B【くそっ、撃つぞっ!!】


 Aが抵抗されて反撃を受け、Bが銃口を下に向けながら発砲。消音器で抑えられたブポポッ、と鈍い音と共に三発の銃弾が相手の脚目掛けて着弾するが、


 「……ヴ、ヴおオおオオぉっ!!」


 獣じみた雄叫びと共に相手は怯まずそのまま乱闘になり、明らかな劣勢にも関わらず拘束を逃れようと銃を持った二人を相手に実行犯の男が暴れ始める。


 C【くそっ、狙いのつけようが無い!!】


 事の一部始終を見ていたショットガンを持つCは、何とか制圧しようと焦るものの同士討ちを避ける為に介入出来ない。


 不明【……】

 不明【……】

 C【おいっ! どうなってやがる!?】


 手が出せないミレを他所に事態は急変し、どうやら土煙か何かでCは部屋の中の様子が判らなくなる。そして次の瞬間、廃墟の壁を乱暴に突き破って誰かが外へと転がり出た。


 ……だが、ミレもただ呆然と事態を見ていた訳では無い。赤外線スコープを活用し、暴れる三人の中から特に体温の高い者だけをサーチし、ずっと機会をうかがっていたのだ。


 【……撃ちますっ!!】


 ミレがそう言うとドシュッ、 とややくぐもった音と共に大口径ライフル弾が飛び出した男目掛けて放たれると、ボディアーマーに包まれた上半身の首の下に大きな穴が空き、四肢から力を失って倒れた。




 「……首の骨が折られてる、ダメだな」

 「この人も助かりませんね……」


 突入班はCを残して二人が倒され、首の骨を折られた一人は即死。もう一人も強烈な打撃を受けて後頭部が陥没し、ミレ達に鎮痛剤を打たれた後に死んだ。


 「……あいつは即死だったが、もう一人はどうだ」

 「乱闘の前に拘束されてたから、まだ生きてるよ。でも、また同じようにならない保証もないけど……」


 ミレが狙撃した実行犯の一人は死んだが、もう一人の方は生存していた。だが、これから彼がステーションに引き連れられた後、どのような尋問或いは拷問を受けるのかミレは知らなかったし、知りたくもなかった。




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