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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
2章

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③戦利品



 「うわぁ、凄い……」


 ミレはぽっかりと開いた壁面の空爆跡を眺め、その圧倒的な破壊力に言葉を漏らす。大型トラックが通行出来る倉庫だったが、その天井と壁面が一角ごとそっくり消え去って青空と廃墟と化した街が一望出来た。つい見とれてミレが一歩踏み出すと、その足元からビキキッと亀裂が走り、床のコンクリートが穴に沿ってガラガラと音を立てながら落下していく。


 「……うん、離れて見た方がいいみたい」


 踏み出しかけた足をそっと戻し、ミレはそのまま後退りながら空爆跡から離れる。今、ミレがこの場所で入手出来そうな物は、広大な倉庫内で通話に用いられた無線機器や通信機材、もし残っていれば補給物資等の消耗品だろう。


 他に動く者の見当たらない倉庫内を、ミレは静かに進む。それにしても中に入る為に辿って来たダクトは延々と伸びているように思えたが、倉庫の巨大さで考えれば当然だろう。歩けど歩けど荷受けのタラップは途切れず続き、その奥の仮置きスペースも同様に広かった。


 「……休憩所? 何か残ってるかな……」


 荷受け所から少し離れた一角に、作業員やトラックドライバーが休める休憩所があった。少し歩き疲れたミレは座れれば儲け物かと思いドアに手を掛けてみると、廃墟らしからぬスムーズさで開いた。


 中には長テーブルと重ねられる椅子が規則正しく配置され、壁際に自動販売機と給湯器が置かれていた。近付いて自販機を眺めてみるが、通電されていないので中身は保存性が低ければ腐っている筈だ。そうして見ると菓子パン類はガラス越しにみてもカビと胞子で緑色になっているし、紙箱入りの菓子類も果たしてどんなもんだか判らない。しかし、清涼飲料類なら飲める可能性はある。


 「よいしょっ!! ……っと」


 便利なバールが今回も活躍し、自動販売機が次々と開封される。菓子パン系は放置し、菓子類を物色すると蒸着アルミ箔で包装されたスナックは期限切れだったが、チョコバー類は大して悪くなってはいなさそうだ。


 「……ふむ、これは……なかなか」


 ビリッとパッケージを破いてチョコバーを齧ってみると、シナモンとドライフルーツの香りと芳ばしさはしっかり残っている。案外いけるなと頬張りながらジュースの自販機を開けると、期限切れのコーヒー缶とフレーバーコーラやミネラルウォーターが出てきた。


 「うーん、アルミ缶はパンパンに膨らんでるからダメそう」


 コーヒーと炭酸飲料は流石に諦め、無難にミネラルウォーターのペットボトルを開けてみる。透明な柔らかいボトルを掴み、キャップを開けてみるが案外大丈夫かもと一口含む。常温で生ぬるいが味に支障は無く、ゴクゴクと飲んで口に残っていたチョコバーの甘味を洗い流すとさっぱりした気になった。


 「……さて、そろそろ行こうかな」


 灰色の都市迷彩服を開けて一休みしたお陰で、ミレはすっかり元気を取り戻した。そして休憩所から立ち去ろうと一歩踏み出しかけ、ふと足を止める。


 「うーん、あれ結構美味しかったな……」


 彼女の視線はチョコバーに向き、軽いし嵩張らないからいいかと空のリュックに詰め込む。高価ではないが嗜好品としてみれば悪くないし、何より美味しかったから仕方ない。そう自分に言い訳しながら部屋の外に出たミレだったが、その瞬間ピピッと対人センサーが何かに反応する。


 「あーあ、ダクトから外には出られないか……」


 念の為と設置しておいたお陰で功を奏したが、面倒な事が増えてしまった。小動物が引っ掛からない高さにしておいたからネズミの類いでは無いだろう。素早く行動すれば相手の裏をかけるかもしれないが、出来れば戦闘は避けたいミレは広い集荷所の奥に積まれたパレットの隙間に身を潜めた。このままやり過ごせれば銃弾も無駄にならず、余計な怪我もせずに済む。


 (……ロープ周辺にセンサー置くなら、最初からロープも回収しておけば良かったかな……)


 安易に帰路を確保したかったせいで無駄な時間を増やしてしまったなと反省していると、どうやら侵入者達が近付いて来たようだ。だが、何だか様子が違う……。


 「おい、何も無いじゃねーか」

 「知らねぇよ、お前が大きな建物なら何でもいいって言ったんだろ……」

 「お前ら、声がデケぇんだよ……」


 若い男達の声が響き、ミレは一瞬サルベージ作業員か同業者かと思ったが全然違うようだ。やって来た一団はフェイスカバーとヘルメット、そしてボディアーマーを着込み銃も装備もきちんと揃えている。それにフルオート系の短銃身機銃で統一されているが、弾倉は長く銃種に見合い装弾数も多いだろう。だが、消音器は装着されていない上に狙撃銃じみた長い肩当てが伸びている。一見して判る程ちぐはぐで取り回し難い装備に、ミレは何だそりゃと眉をしかめる。


 「だから適当じゃお宝なんて見つかんねえって」

 「うるせぇな、判ったよ!!」


 しかも周辺に気を配らず大声で話し、警戒しているのは最後尾の三人目だけで残りの二人はずかずかとただ歩いているだけだ。


 (……装備の割りに素人丸出しだし……何なんだろ、コイツら……)


 驚いて身を潜めたが相手が余りにも稚拙過ぎ、警戒していた自分が情けなくなってくる。そう思い、腹這いになったまま背負っていた短機関銃を構えて等倍サイト(等倍率のドットサイト)を覗き込む。そして先頭、二番目と銃口を滑らせて三人目の太腿に狙いを定めて引き金を絞る。


 「……うぐっ!!」


 単発の銃弾が腿に着弾した瞬間、三人目が叫びながら倒れ込む。だが、悲しい事に大声で話していた前の二人はまだ気付いていない。


 「おい伏せろ! 撃たれたんだよ!!」

 「……はぁ?」

 「何やってんだよお前……えっ?」


 ようやく気付いた二人が振り向くが、反応の遅さにミレは苦笑いしつつ、各々肩と足に一発づつ撃ち込んだ。


 「ぎゃっ!!」

 「ぐわっ!!」

 「……バカ野郎……だから突っ立ってんなよ……」


 唯一まともそうだった三人目が呟くが既に遅しで、伏射姿勢で慎重に狙ったお陰で悲鳴を上げながら次々と倒れてくれる。こうなれば相手は反撃してこないし大丈夫だろうとパレットの陰からミレが立ち上がると、三人はそれぞれ違う反応を示した。


 「た、助けてくれぇ!!」

 「痛え……痛えぇっ!! ちくしょう……」


 後に撃った二人は相変わらず自分の事ばかり主張し、装備の割りに場馴れの無さが丸出しである。だが、やはり三人目は先導役だったのか随分落ち着いている。


 「……撃つなって言っても無駄かもしれねぇ、でも……命だけは助けてくれ……」


 そう言ってミレに向かって機銃を投げて寄越し、自分と仲間の出血を止めたいと訴える。ミレが頷いて止血バンドを投げ渡すと、三人目は痛みを堪えつつ自分の傷を止血し、そのまま仲間の元に向かうと銃を取り上げる。


 「や、やめろよ……撃たれたらどうすんだ!!」

 「……バカ言ってんじゃねぇ、向こうが殺すつもりだったら最初に頭、吹っ飛んでんだよ」


 取り上げた銃を同様に投げ寄越し止血しようとする若者に、ミレは喉に張り付けた変声機のスイッチを入れて声を掛ける。


 『……ハンドガンもだよ』

 「……止血が終わったら、返してくれよ?」


 若者は一瞬だけ表情を変えたが抵抗せず、腰に提げていたハンドガンから弾倉を抜くと、チャンバーを操作し一発分脱弾してから投げて寄越した。


 『止血し終わったら、鎮痛剤飲んでさっさと居なくなれ』

 「……鎮痛剤? 持ってない……」


 仲間の止血をする三人目にそう告げると、予想外の答えが返ってきてミレはフェイスカバーの奥で再び眉をしかめる。鎮痛剤抜きで撃たれた痛みを耐え抜く? そんなの無理じゃん。


 『……三錠ある、飲んだら消えろ』

 「えっ? いいのか」

 『じゃあ、鎮痛剤と装備は引き換えだ』

 「……判ったよ、判った……ここ、あんたの縄張りなんだろ、荒らして悪かった。二度と荒らさないって誓う」


 多少の憐憫もあり鎮痛剤を与えると、物分りの良さげな彼はきちんと謝罪しながら仲間の止血を終えた。




 「ふん、そんな連中も居るんだな」

 「てっきり同業者かと思ったよ……まあ、きっとどっかのボンボンの道楽なんだろうけど」


 帰還したミレがそうニセロに報告すると、彼女はミレのアイカメラ動画を閉じて溜め息を吐く。


 「……スカベンジャーの真似事か。スリルを求めて遊び半分でやる奴が居るとは、実に呆れるな」

 「うん、そうだよね……でも、お陰で命拾いしたけどさ……」


 ミレは情報を買って現場に行く事が多く、手ぶらで帰る事は常に赤字に繋がってしまう。ミレが撃った五発分の高価な弾は、三人分の銃と弾薬を売って何とか買い戻せただけ。多少は残るかと期待していたが、装填されていたのは安価な通常弾で銃もフルオートのみの単純な品だった。高額なアタッチメントも装着されていなかった為、故買屋の親父にも運が無かったなと同情されてしまった。


 「ミレも骨折り損だったな」

 「全くその通りだよ……手に入ったのはこれだけだし……あ、ニセロさん食べます?」


 ミレがそう言いながらまだ売っていなかった例のチョコバーを取り出すと、それまで気怠げだったニセロの態度が急変する。


 「……おい、ちょっと待て……そいつを何処で手に入れたっ!?」

 「んぁ? だからトラック集積所で……」

 「違うそうじゃない!! それウィンカー社が創立百周年記念で販売したけれど紛争が始まったせいで一ヶ月間しか流通しなかった限定品だぞ!」


 わなわなと指先を震わせながらチョコバーを掴み、神聖な品でも扱うようにしながら話すニセロである。いつものクールな彼女と全く違うそんな姿に少しギャップを感じつつ、ミレはリュック一杯に詰まったチョコバーをどささと机の上にぶち撒いた。


 「なああぁーーーっ!!? 全部売ってくれぇ!!」

 「ぷふっ」


 ニセロの絶叫にミレは、ちょっとだけ吹いた。




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