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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
2章

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②倉庫



 「……ニンジャ・ソルジャー? 何だそりゃ……」

 「私もそう聞いて訳が判らなかったけど、この目で見たら確かにそう呼ばれても不思議じゃなかったよ?」


 銃弾の補充の為、ステーションの露店に顔を出したミレの話に主人のゴロレスは困惑する。彼にしてみれば未来の事が判る等、そう簡単には信じられなかった。


 「だいたい、銃なんて狙って撃ったって簡単に当たるもんじゃない……身体の軸を揺らさんようにしながら狙わんとダメだし、相手も動き回っとるからな」


 彼はそう言いながら傍らのガンラックから狙撃銃を降ろして抱え、レバーを操作しチャンバーから銃弾を取り出してから店の奥に貼られた標的紙に向け、ピタリと狙いを定める。その一連の動きは銃に触れる機会が多い商売以上の精密さで、流石にミレも感心する。


 「……俺はガキの頃に徴兵されてから、長年撃った狙ったってやってきたが……先の先が判るなんて思った事なんざ、一度もありゃしねぇ。退役した今も同じだが、お前さんの言うような事は信じられん……」


 自分の信念を伝えながらゴロレスは狙撃銃をガンラックに戻すと、ミレが買うつもりの小口径のピストル弾の詰まった箱を棚から降ろして中を確認する。


 「……俺が若い頃は、こんな凶悪な弾で戦争するなんざぁ夢にも思わなかったがな」


 そう言ってミレに手渡した銃弾は、只の鉛弾に見える。だが、実際はボディアーマーに着弾すると埋め込まれた先端が粉々に砕け散るが、その中心に内蔵された短針弾(フレシェット)が着弾点から内部に到達する構造である。致命傷は与えないかもしれないが、それでも身体に何らかの影響を残す凶悪な弾種だ。


 「そうかもしれないけどさ、戦争って日々技術革新させるって言うでしょ? 仕方ないと思うけど……」

 「そりゃあ技術ってだけならいいが、それが目指してんのは人殺しの為だろ。感心しねぇってのはそこだよ、そこ」


 と、人殺しの道具を売り買いしているゴロレスらしからぬ発言にミレは眉をしかめる。だが、所詮世間話でそこまで深刻な話題ではないのだろう。二人のやり取りに殺伐とした雰囲気は無い。


 「でもさ、撃たなかったら撃たれるのは私だもん。死ぬのはご免だけど」

 「はいはい、ご無事でお帰りってな。で、お前メシは食ったのか?」

 「ううん、お母さんに冷凍惣菜(コールドミール)買ってくからまだだよ」

 「おう、そんならこれ食ってけ。さっき開けたばっかだ」


 そう言ってゴロレスは開封済みのジッパー袋入りチーズクラッカーを投げて寄越し、パシッと横手で受け止めたミレはありがと! と言って笑い返した。



 ここ最近になり、彼女もステーションの常連と化して様々な店に出入りするようになった。当然だが、稼ぐようになれば買い物の頻度も上がり顔も覚えてもらえるようになる。そうしてミレはマデュラのオマケ的な立場から、少しづつ自立した存在として認められるようになってきた。




 スカベンジャーとは、戦場の過熱地帯(ホットゾーン)から僅かに離れた微妙な場所(例外もあるが)で物資を掠め取る仕事である。本来の持ち主が死亡、若しくは疎開して空き家になった店舗や家屋に侵入し略奪する稼業だ。だが、彼等彼女等が行わなければ、いずれ廃墟の倒壊に巻き込まれて掘り出されるまで誰も使えない。潰れて使えなくなる前に回収し、有益な再利用先に分配すると考えたら……果たしてその行為は悪行なのだろうか。



 「……うんしょ、うんしょ……はぁ、疲れるわぁ……」


 間の抜けた呟きと共にミレのちょっと肉付きに乏しいお尻が左右に揺れてから、再び前進を開始する。彼女はもう一時間近く狭いダクト内を匍匐前進しながら進み、時折手持ちの地図をライトで照らしながら眺め、現在位置を確認する。


 戦場跡には倒壊した建築物ばかりではなく、一見すると戦前と余り変わり無い見た目の建物も時折存在する。しかし、そうした建物内部に侵入出来なくなり放置された建物の大半は、倒壊の危険性やガス漏れによる爆発の危険性が有る場所が多く手付かずのままである。今、ミレがダクトを介して侵入している倉庫も侵入困難の為、他のスカベンジャー達から見捨てられた場所だった。



 「あっつうぅ〜っ!! ……こりゃ蒸し風呂だよぉ……」


 とうとうギブアップ気味にミレがボヤき、ダクトの中に横たわってしまう。ここまでひたすら匍匐前進を続けてきたミレだが、地図で現在地を確認した場所から余り進んでいなかった。


 「もういいか……降りてみよう」


 彼女が侵入しているこの倉庫は開戦当初、西側陣営の兵站物資集積所として徴収し運用されていた。しかし、前線が移動し本格的な集積所が開設された直後空爆に遭い、一階二階部分が焼失し上層階もいつ崩壊するか判らないので放棄された。


 「……んぎぎ、いっ!!」


 非力なミレの便利な開封道具、小さなバールでダクトの昇降孔を内側からこじ開けて下を眺めてみる。


 「うーん、床まで高さ有るなぁ」


 天井のダクトは下まで優に五メートルはあり、簡単に飛び降りられる高さではない。ミレは吸盤付き牽引具にロープを差し込んで固定し、するすると下まで降ろす。そして自分の身体に付けたハーネスのDカン(登山等に用いられる補助金具)にロープを結い付けてゆっくり降下する。


 「……広いなぁ。でもトラックがそのまま入れる通路だし、当たり前かな」


 窓から射し込む日光で中は良く見渡せるが、大型トラックが直接入って荷降ろし出来る広さの倉庫跡である。往時の面影は山積みされた大量のパレット(荷物を纏めて載せてフォークリフトで移動させる下敷き)がそのまま残されているのみで、車両や資材は一切残されていなかった。


 「何かあるとしたら、空爆された場所の焼け残り位かな……」


 無人の倉庫を歩きながらミレは呟き、埃除けのマスクを外して匂いを嗅いでみる。何か燃えた匂いでも感じ取れれば行ってみるつもりだったが、しんと静まり返った空間は閉鎖された空気の埃っぽい匂いしかしない。


 「ま、上に行ってみよっと……」


 念の為、ダクトに戻るロープの手前に対人センサーを設置してから、ミレは上層に続くスロープを目指し歩き始めた。




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