⑩管理者
「……それで、他には何かあったのかい」
「ううん……さっさと逃げたから、判んない」
がやがやと騒がしい闇市場に戻ったミレは、戦利品を換金する為に故買屋ジョセフの元にやって来た。彼は東西問わず様々な金銀細工系の製品に詳しく、彼女は今回手に入れた時計や指輪、それに葉巻入れ等を売り捌くつもりだった。当然だが、ミレが持ち込むような保証書の無い品は市価より遥かに安い値段で買い叩かれるに決まっている。しかし、一発の銃弾も撃たず手に入れたのだから売り値が安くなっても利益は十分出る筈だ。
「……ねぇジョセフ、金の価格って二百位でしょ?」
「そりゃあ地金の値段だ。もし、こいつが二十四金ならそれに近いかもしれんが……ふむ、刻印は確かに二十四金か」
「もう、諦めて買い取りなよ!」
親子以上の年の差の二人だが、お互いの腹の内は決まっている。少しでも高値で売りたいミレと、同様に少しでも安く買いたいジョセフの攻防はこうして続いたが……
「だったらさ、葉巻入れはオマケであげるから指輪と時計は高く買ってよ!」
「……やれやれ、お前も随分図太くなったな」
実用的で程度良好の葉巻入れだけでも欲しかったジョセフがとうとう折れ、二人の交渉はミレ側の言い値に近い買い取りで終わった。無論、ミレはジョセフが葉巻入れをどんな値段で転売するのか知る由もないが、時計と指輪が高額で処分出来ただけでも大儲けである。
「……けほっ! ケムたいよジョセフ!!」
「……ふん、上物の香りも判らんガキが生意気言うな」
手に入れた葉巻入れから葉巻を取り出し、ナイフで先端を切り落としてから火を点け、煙を深々と吸い込むジョセフにミレが叫ぶ。しかし彼は気にする様子は無い。だが、駆け出しの頃と比べたら見違える程太々しくなったミレは、そんな彼から見れば娘同然で多少の情は芽生えたのかもしれない。ふん、と鼻を鳴らしながら灰皿で火を消してナイフを使い炭化した個所を切り落としながらヒゲに覆われた口を開く。
「で、今回のネタは【コーディネータ】に報告したか?」
「まだだよ、だってご飯も食べてないし」
「全く……早く行ってこい」
ジョセフにそう言い返したものの、ミレは結局【コーディネータ】と呼ばれるスカベンジャー達の情報交換場に出向く事にした。そこはステーション内の元駅舎内にあり、基本的に単独行動のミレには鮮度の高い情報が手に入る半面、面倒な仕事を押し付けられる厄介な場所でもあった。
……カタカタカタッ、とキーボードを叩く音が鳴り止まぬ部屋の前で、ミレはハァと溜め込んでいた息を吐く。年齢なりの駄々に身を任せたい彼女だが、こんな世の中ではまだ幼さも残るミレの扱いに分け隔ては無かった。
「……ミレ、入ってきな」
「……っ!? は、はい……」
監視カメラで気付いていたのか、部屋の中から乾いた口調の声で呼ばれてミレは緊張しながら中に入る。
「……収穫に焦る気持ち、判らなくもないが情報は鮮度が命だ。帰還したら即報告だろ」
「……はい」
【コーディネータ】のニセロにそう釘を刺されミレはぐうの音も出ず、絞り出すような返事しか出来なかった。
「……いいか、お前も他のスカベンジャーも、互いの生きた情報を元に収入を得て危険を回避してる。私もそうした情報を循環させて他の【コーディネータ】と情報を共有してる」
「……はい」
ニセロはそう言いながらタイピングの手を停めるとシガーケースから一本取り出し、換気扇を始動させてからシュボッと火を点ける。
「……まあ、一発も撃たずに帰って来た事は褒めるに値するが……な」
「……えっ? 何で知ってるの!?」
煙を吐き出しながらそうニセロが言うと、ミレは心底信じられないと言いたげな顔になる。
「……お前が付けてるリストバンドは飾りじゃない。座標、脈拍、歩数に休憩時間……ついでに撃った弾数だって判る仕組みだ」
「……すご!!」
ステーションでマデュラの後継者としてスカベンジャーになったミレは、遺品の中に有ったメモに従い【コーディネータ】に出向いてニセロと契約を交わした。メモには【コーディネータ】という情報交換場こそが彼の命脈の元であり、国の後ろ盾や補償の無い過酷なスカベンジャーにとって唯一の拠り所だと記載されていた。そして今思えば当然だが、ニセロは彼女の申請を冗談だろうと突っ撥ねた。スカベンジャーという仕事は元脱走兵や民間軍事企業で戦闘経験を重ねた連中が選ぶのが普通で、ミレのような未成年がすんなり通るような道ではない。
しかし、ミレはマデュラのメモを見せながら、彼が死ぬ間際まで共に居た事実と自分の意思を懸命に伝えたのだ。その結果、だったら一回試験的な仕事を回すから行ってみろとニセロを説得出来て今に至る。
「……ロッテンポーフは当たりか、成る程な」
「でも、今はともかく兵士の巡回ルート内だから……そのうち行き難くなるかも」
「それが確定するのはまだ先だ。だが、問題は東西どちらかの支配地域じゃない事だな」
ミレの報告にニセロはそう指摘しながらキーボードを叩き、ディスプレイの広域地図上に赤い円と青い円を表示させる。その円の交差する中心にロッテンポーフホテルが在り、この先も熾烈な戦闘が起きる可能性の高い場所になっている。
「しかし、お前が直近の砲撃情報が欲しいと急に言い出した時は気が狂ったかと思ったぞ」
「えー、そう? でもお陰で儲かったけどなぁ……」
ニセロの発言にミレはそう言い返すが、彼女的には砲弾が地均ししてくれれば兵隊は居ないと思っただけだ。その発想自体は誰でも思い付くかもしれないが、実際に行動に移すのは無知だからだとミレ自身は知らない。
「今回は上手くいったが、次はミンチになると自覚しておけ」
「うん、判った」
幸運のお陰で生き延びられただけだと言いたげなニセロだったが、長々と説教する気の失せた彼女はそれだけ告げてキーボードを叩き始め、ミレは漸く解放されたと彼女に背を向けかけたが、
「……運営費の滞納だけはするなよ、私は食わなくても生きていける訳じゃない」
そんな風にニセロが背後から言い渡したせいで、不意打ちを食らったミレは膨らんだ財布の中身を見透かされた気分になった。




