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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
1章

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⑨離別と成長



 無表情のまま報告書類の束に目を通していた役人が、不意に顔を上げてミレに問い掛けた。


 「ああ、だいたい判ったが……で、結局暴発した銃弾が自分の足を撃ち抜いた……という事かね?」

 「……はい、そうです」

 「うむ、それにしても彼らしくない死に方だな。ま、現場じゃ良くある話だが……」

 「……では、失礼します」



 帰還して四日後、ミレはマデュラの葬儀に立ち会った。便宜上、彼の死はサルベージ中の事故として報告したが政府も統括担当官もその事には注視しなかった。だが、逆にミレは彼の死が更に軽々しく扱われた気がして、強い虚しさを覚えた。




 葬儀当日。


 数人の参列者と共に埋葬を終えた後、マデュラの墓前に佇む女性にミレは声を掛けた。


 「……あの、メイさんですか」

 「はい……あなたがミレさんですか? 夫から常々伺っておりました」


 ほっそりとした年上の女性はそう答え、ミレに深々と頭を下げる。


 「……あなたのお陰で、マデュラは私の元に還って来てくれました。ありがとうございます」

 「いえ、私がもっと治療出来ていれば……それと、あの……」


 マデュラに言われていた渡航の件を伝えると、黒い帽子とヴェールで顔を隠したメイは自分の膨らんだお腹を擦り、


 「……それは済んだ事ですよ、マデュラは……私にこの子を残してくれました」


 そう呟くメイの言葉に、ミレは小さな声でこちらこそお世話になりました、とだけ答えて彼女と別れた。



 「……おえっ、ええぇ……ごほっ!! ……かはっ」


 メイと別れた後、誰も居ない墓場の隅でミレは嘔吐し、涙を流しながら自問自答する。あの時、もっと時間を掛けて治療すれば出血は止められたかもしれない、最悪マデュラの脚が切断される程きつく縛っていれば……それでも、彼は一命を取り留めて助かったかもしれないと。


 「げほっ! ごほっ……はぁ、はぁ……」


 辛く酸っぱい吐瀉物と咳き込んだせいで裂けた喉の出血を何度も吐き出してから、ミレはようやく顔を上げる。


 (……そうじゃない、マデュラさんは……万が一自分が死んでも、奥さんは脱国出来ると理解していたから、命懸けで仕事してたんだ)


 今はもう彼の意図を確認出来ないが、それでもミレはそう結論する。そして、彼が残した様々な武器と物資を引き継いで自分は生きていこう、そう心に刻み込みながら墓場を後にした。




 短い査問と僅かな謹慎期間を経て、ミレはサルベージ作業に復帰した。だが、一度だけサルベージ作業に従事した後、担当官に自分は向いていないと心情を吐露し作業員の仕事を辞めた。だが、それは表向きの理由であり、戦場に無許可のまま侵入し物資を漁るスカベンジャーから足を洗うつもりは毛頭無かった。


 それから暫く後、ミレはスカベンジャーとして単独で戦場に赴くようになる。仲間を求めず、仲間にならず、一人で戦場に……。




 


 ミレはマデュラと死別してから、自分はどうすれば生き残れるかを必死に考えた。例えば銃弾から身を守るボディアーマーを防弾性能に優れた物に替えるべきなのか、それとも重さで動きを制限してしまうそれを軽い物にするべきなのか、と。


 当然ながら、的確な選択をすればその時は生存性を高めるだろう。しかし、状況が変われば過剰な防弾性能は必要無いかもしれないし、薄くて防弾性能の低い物は役不足かもしれない。だからこそ軽くて防弾性の高い物は高価で手に入り難いし、簡単に手に入る物は値段と軽さや防弾性のばらつきが顕著で悩ましい問題なのだ。


 そしてミレは日々の経験から少しづつ突き詰めて一つの結論を導き出し、それを実践する事に決める。身体が小さく非力な彼女は、出来るだけ敵に見つからないよう行動し気付かれないうちに撃つ、そうして被弾する危険を無くす事に腐心した。スカベンジャーとして生きるには相手を全員倒すより、生きて還る事の方が遥かに重要だった。






 ……その日、西側陣営連合軍は中規模な作戦を実施する為に前線を押し上げる砲撃を行った。二百ミリ口径の移動砲が陣地内から次々と砲声を上げ、目標地点の全てを撃ち砕き土煙がもうもうと立ち込める。そうして続けざまに砲弾が雨のように飛来した場所は瓦礫の山と化し、動く物は爆風で千切れ飛んだ紙や布程度の軽い物が漂っているだけだった。


 「……観測兵から、当該地点に敵兵の姿無しと報告が来ました」

 「よし、部隊を前進させろ。但し、ドローンによる監視が済んだ場所からだ」


 前線指揮官が部下の報告を受けてそう命令し、彼の部隊は無数のドローンを先行させながらじわじわと侵攻していく。だが、踏み込む彼等が遭遇するのは敵だけではない。敵が設置した対人トラップや地雷、そして時には自陣が発射した砲の不発弾すら命を落とす原因になる。

 

 「……どうだ、敵は居たか」

 「いや……死体一つありません。もしかすると、事前に砲撃の情報が漏れていたのかもしれません」

 「……やれやれ、前時代的な戦術じゃ現代戦で通用しないだろうに……」


 灰色の都市迷彩を着た西側陣営兵士の士官が愚痴る中、彼の指揮する部下達が少しづつ前進していく。戦争とは力を以て支配地域を増やす行為で、そのやり方は古今東西で大きな違いは無い。結局、戦闘で死ぬ敵より味方の被害が少なければ勝利であり、勝ち負けの理由は常に非情な数字の殺害比率(キルレート)でしかない。今回はつくづく無駄足だな、と諦めながら士官は適当に進んだら戻るつもりで足を動かした。




 ミレは最前線付近で身を隠し、戦闘が終わった後の現場を漁る事に次第と慣れていった。だから事前に買っていた砲撃情報が恐ろしく正確だった事にも驚かず、こうして着弾点の間際で瓦礫の隙間に潜り込んで待機するのも耐えられる。恐怖に対する感覚が麻痺してきたのか、戦場の空気に慣れたからか判らないがハンドガンだけの軽装でも気にならない。


 (……こんな感じで、死ぬ事も怖くなくなるのかな……)


 最後の着弾が爆音と地響きを伴いながら遠ざかり、やがて何も聞こえなくなる。だが、ここからがミレの仕事の始まりだ。隠れていた瓦礫の陰から身体を引っ張りだし、周囲を見回す。動く者は見当たらない。だが、耳に装着したイヤホンからザザッと雑音が鳴る。それは暗号変換された西側兵士の通信音声だったが、ミレは必要な情報を音声では無く交信回数で判断する。まだ、警戒は要らない程度には追い付いて来ていないだろう。


 ミレは出来るだけ素早く走り、そのまま着弾点を越えて廃墟に入る。当然だが、もぬけの殻で金目の物は見当たらない。しかし、目的の場所に辿り着くまで、出来る限り敵味方どちらにも見つかりたくはない彼女はそのまま廃墟を駆け抜ける。


 事前に調べておいた地図を頭の中で巡りながら、今の自分が目指すべき場所を探す。銅線が積まれた通信施設? 重く嵩張るそんな物は要らない。高価な電子部品が有りそうなシステム保安会社? 目敏い外資系企業なら、紛争の気配を察して丸ごと抱えて逃げ出し済みだ。なら、彼女の目的は何処なのか。


 ……やがてザッ、と砂でブーツの底を滑らせながらミレが足を止めたその場所は、


 「……ロッテンポーフ・ホテル……ここか……」


 世界的規模で経営する有名な高級リゾートホテル、ロッテンポーフグループの大きな建物の前でミレが呟く。紛争が始まり、その直後にグループはこの土地から撤退する意向を全世界に表明したが、宿泊客はまさか自分達が巻き込まれるとは微塵も思っていなかった。だから、そのホテルに砲弾が着弾する直前まで避難もせず多数の犠牲者を出した。そして……そこには手付かずのまま様々な遺留品が残されているらしい。


 「……さて、幽霊でも出るかな……?」


 粉々に砕け散ったガラスの扉を踏み締めながら薄暗い中央ロビーに入ると、天井には未だに巨大なシャンデリアが吊り下げられ往時の面影を残している。だが、受付のカウンターには銃の弾痕が点々と刻まれ、血痕や引き裂かれたまま残された衣服が転がっている。


 そんな残骸を横目に階段を探すと、真っ暗な昇降場がロビーの片隅に口を開けている。その中にヘルメットのライトを点けてミレが入ると、キチチッと鳴きながらネズミか何かが逃げていった。


 「……人間じゃなければ、何でもないけど」


 ぽつりと呟いたミレが階段を登ると、二階手前の踊り場に死体が転がっている。陣営を示すリストバンドや標識は付けていないが、着ている服装からどちらかの兵士だと思われる。どうせ金目の物は無いとそのまま脇を通り過ぎ、ミレは二階そして更に上を目指し、やがて最上階の十階に辿り着いた。


 はぁ、はぁ、と流石に乱れた息を整えてから、彼女は壁際に身を隠しながら左右の通路を見張る。


 (……同業者は居ないみたい……)


 今はまだ両陣営どちらの支配地域でもないホテル内である、他のスカベンジャー達は辿り着いていないだろう。だが、逆に東側政府の兵士が高所から狙撃の機会を狙い潜伏している可能性もある。しかし手付かずの宝の山が埋もれているかもしれないこの場所を、どうして見過ごせようか。


 慎重に一歩一歩進みながら、ミレは音と動く物に神経を集中させる。爆風で割れたままの窓から風が吹き込み、破れた壁紙がヒラヒラと踊るように舞っているが生物の居る気配は無い。そして、鍵が掛かったままの一番近いドアに小さなバールを差し込み、渾身の力を籠めてばぎんと留め具を破壊するとミレは室内へ滑り込む。


 ドアノブに後ろ手を添えて音を立てないように締めると、カーテンが掛かった窓から光の差し込む室内は広々としていたが誰も居ない。高価そうな調度品や巨大なベッドをちらりと見て、ハズレだなと落胆しながら空っぽの部屋を出たミレは、次の部屋に同様の手口で侵入を繰り返したが、当たりの部屋は四つ先の部屋だった。



 (……何か違う……)


 その部屋の前でミレは些細な違いに気付き、その勘が当たっている事を祈りながらバールをドアの隙間に捩じ込む。その部屋だけドアの縁に僅かな焦げ目が見え、何らかの爆発か火災が部屋の中で起きた事を示していた。


 バキッという破壊音と共にドアを開けてミレが中に入ると、最初に見えたのは街全体が見渡せる大きな窓……ではなく、砲弾が直撃し部屋の窓ごと半分が消失した惨状だった。そして踏み込もうとしたミレが足元を見ると、半ば焼け焦げた服と炭化した皮膚が露出した死体があった。


 「……逃げようとしたのか、それとも着弾の瞬間に出ようとしてたのかも……」


 ミレが足先で死体を蹴ると、白いウジ虫がころころと身体から転がり出る。更に屍肉の腐敗した嫌な臭いも確かに有るが、それより何か金目の物はないかと室内を探すとスーツケース二つ、そして高価なブランド物のカバンが見つかる。両方をバールとナイフで荒っぽく開封すると、中から様々な遺留品が出てくる。真新しい着替えにキャッシュカード、紙幣の束と純銀製の葉巻入れに高そうなフィルムに包まれた葉巻と、そして……


 「……うん、これは高そう」


 金のベルトにダイヤの文字盤、そして裏側の蓋面に刻印されたブランドのロゴマーク。素人のミレにも判る有名な高級ブランドの腕時計を、真っ二つに裂いたカバンから取り出したミレは部屋から出ようとしたが、不意に思い出して死体の傍らにしゃがみ込む。


 「……これは貴方には必要無いよね?」


 そう呟きながら指に嵌った指輪を抜き取り、死体の服の裾で磨いてからポーチの中に入れた。



 結局、紙幣の束は換金レートの関係で無駄だろうと放置して部屋から出たミレだが、


 (……案外早かったかも……)


 入り口付近に仕掛けておいた赤外線アラームがイヤホン越しにピピッと鳴り、リゾートホテル内に新たな侵入者が来た事を告げる。元は泥棒対策で民間に広く普及した代物だったが、まさか逆の立場の自分が使うとは思ってもいなかった。


 こうなると階段はもう使えない、そう考えたミレはエレベーターホールに向かう。無論、電源の落ちたその設備は使用出来る筈も無いのだが、ミレは躊躇せずバールで開閉扉をこじ開ける。


 ぎっ、と軋む音と共に真っ暗な空間が現れ、その中央に太いワイヤーが二本並んでいる。選択肢はワイヤーを伝ってエレベータが停止しているフロアまで降りるか、愚直に階段を降りて侵入者と撃ち合うか。


 (……撃ち合う? そんな割りの合わないのはお断りだよ……)


 そう決断しエレベーターホールからワイヤーに飛び付いたミレは、必死になってその表面を掴む。ずるずるとグリスで滑りそうになる手に力を籠めている内に、彼女の軽い体重とグローブの摩擦がワイヤーと均衡を保ち少しづつだが下に降りられそうだ。


 (……グローブが保つといいけど)


 そうしてするするとゆっくり下降していくミレの足先が、停止していたエレベーターボックスの上面に着く。そしてメンテナンス用の蓋をそっと持ち上げて中に降りた彼女は再びドアをこじ開けてみると、運良く三階のエレベーターホールで停止していたようだ。


 「……おい、何か聞こえたぞ」

 「まさか……誰も居ないだろ」


 外に出ようとしたミレは西側兵士らしき声に立ち止まり、ライトを消してエレベーターの中で息を潜める。


 ごっ、ごっ、ごっ、と足音が一定のリズムを保ちつつ近付き、やがてエレベーターホールの廊下を二本のライトが交差しながら停止する。


 「エレベーターか、動いていたら楽なんだけどな」

 「馬鹿か、電源が落ちてて使えないに決まってるだろ」


 片方に向かって軽く諌めるような口調の相手がそう言うと、舌打ちしながらもう一人が不貞腐れたように引き返していく。


 「あんまり長居すると、堅物少尉殿がまた怒鳴るだろ ……俺達をすぐ泥棒扱いしやがってさ」

 「判ったよ、行こうぜ」


 そう言い交わしながら、兵士達が去っていく。ミレは用心の為バールに結んだロープを使って上に隠れていたが、その必要は無かったなと思いながら外に出た。





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