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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
1章

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序章




 ミレという名の娘と組まされたのは、二日前だった。サルベージ管轄官の役人に新人を預けると言われた時は大して気にしなかったが、別れ際にボソッと、


 「……まあ、君のような妻帯者なら心配無いと思うが……奥さん身重なんだろ? 間違いが無いようくれぐれ気をつけてくれよ」


 そう言われ何の事かと深く考えなかったマデュラが、次の日に会った相手を見てようやく気付くのだった。ああ、()()()()()()と。




 「……ねえ、マデュラさんはどうしてこの仕事に……」


 緊張感を紛らわそうとしてか、ミレが顔を覆うバイザー越しに話し掛けてくる。まだ敵性勢力と遭遇していないといえ、余り会話に集中したくはなかったものの、マデュラは答える。


 「……妻が身籠ったから、民度ランクを上げたかったのさ。配給頼みの暮らしじゃあ、生まれてくる子供を育てられないし」

 「……結婚なさってたんですね」


 意外だったのか、ミレがそう言うとマデュラは複雑な気分になる。互いに恵まれた境遇といえない二人が籍を入れる、そこまではどんな環境でも出来るだろう。だが、今の過酷な西岸連合統治下では子を産み育てるのは難しい。東岸連合の侵攻が引き起こした大地の土壌汚染と水質悪化で豊かだった穀倉地帯は徹底的に破壊され、野菜は全て水耕栽培でしか供給されない。家畜を育てる穀類が輸入出来ない現在は、汚染されて危険な野生動物の肉ですら高価な値段がつき手が出せないのだ。だからこそ、政府が求める実績を積み上げて少しでも状況を変えなければならない。


 「……まあ、そんな訳さ。そんな事より何か食っとけ」

 「えっ? そんな事……って、何を?」


 不意に話が変わりミレは目を丸くするが、マデュラは胸元のポーチを開けて塩味の効いたナッツバーを取り出すと、


 「携帯食、持ってるだろ。持って帰っても没収された上、横流しを疑われるだけだぞ」


 そう言いながら片手と口で器用に包装を切り、一口齧る。ポリポリと軽い音が二人の居る廃墟の一室に響く中、ミレも見倣って同じように取り出して開けようとする。多少もたつきながら何とか開封し、同じように齧ってみる。


 「……美味しい……」

 「旨いか?」

 「……うん、訓練中はずーっと素っ気無いミールばっかりだったから」


 年少なミレは初等訓練課程だったが、たった二週間で現場に送り込まれた。当然、物資に乏しい内情から与えられた食事は、ミールと呼ばれる栄養補填の合成飼料じみた代物だけ。勢いよく二口目を頬張るミレを眺めながら、マデュラが口を開く。


 「こいつも食うか?」

 「いえ、そんな……いいんですか」

 「どうせ持ち帰れんし、帰るまでは保つ」


 育ち盛りにしては細身なミレにそう促すと、彼女は遠慮がちに受け取りながら、


 「……じゃあ、いただきます」


 そう答えて僅かに微笑んだ。




 簡素な食事を歩きながら済ませた二人は、支配地域から離脱し【緩衝地帯】と呼ばれる武力衝突地域へと入る。ここから先は迂闊に草原を抜けようとすれば対人地雷の中を進む羽目になるか、入り組んだ廃墟の陰からいつ狙撃手に狙われるか判らない。敵味方が互いに目を光らせる中でのサルベージ作業は、命を落とす危険と常に隣り合わせだ。


 支配地域を示す様々な落書き(その多くは差別的な表現の殴り書きか猥雑な抽象画)が交差する壁を背に、マデュラは息を整える。ハンドガンだけの身軽さは一つの強味と言えなくもないが、ボディアーマーを貫通出来ない銃一丁では単なるお守りでしかない。だからこそ、敵を逸早く見つけられなければ撃ち合いは避けるべきである。


 「……高い建物には常に目を配れよ、先に気付けなきゃこんなのは只のバケツ以下だ」


 そう言いながらバイザー付きのヘルメットを叩くマデュラに、ミレは硬い表情のまま頷く。そして二人はレシーバーのスイッチをオンにし、


 「……聴こえてるか?」

 「はい、大丈夫です」


 そう声を交わし合うと先頭と後続を切り替えながら、慎重に足を運び始める。ミレは初等訓練で繰り返し叩き込まれた【高台と物陰、それが終わったら背後】を警戒しながら進むが、マデュラの動きは彼女より更に速く、そして澱み無かった。


 「あの、聞いても良いですか……」

 「何だい」

 「……マデュラさんって、サルベージの前は何かしてたんですか?」


 不意にそう尋ねられたマデュラは、彼女の問いに暫く考えてから答える。


 「……戦争の前は学校の教員をしていたが、君がスプーンとフォークの使い方に慣れるより前から銃を握ってたよ」

 「えっ!? それじゃ民度なんて、とっくの前に上がっててもおかしくないですか?」


 ミレはそう言って驚くが、マデュラは疲れた声で答える。


 「俺は元東方出身でね、転向してから西方出身の妻と出会ったのさ。だから、今でも週に一回は現況報告会に出席しているし、同じ東方出身者とは会えない」

 「……そうなんですか」

 「君もか?」

 「いえ、私は西方生まれですが……父が判らなくて」


 ミレの返事にマデュラは小さく頷く。父親が判らない、と言うのは有る意味の隠語で戦災私生児……つまり、母親が何処かで強姦された後堕胎しなかった可能性を意味する。だからミレの若さでサルベージ作業をしているのかと判り、マデュラは声に出して答えられなかった。


 だが、そんな感傷的な気分にいつまでも浸っていられる程、二人が居る場所は甘くない。逸早く物資を見つけて確保するか、或いは奪い取ってでも手に入れるのが常道なのだ。


 「……お喋りの時間は終わりだ。俺が先に行くから、ミレは全周警戒」


 自ら先頭に立ちそう言うと、マデュラはハンドガンを両手で持ちながらゆらりと身体を滑らせる。一瞬、ミレは自分の目が信じられなかったが、彼の動きはそれだけ澱み無くそして躊躇の欠片も見当たらなかった。


 (……どれだけ、修羅場を潜ればあんな動きが出来るんだろう……)


 そう思いつつ慎重に足を運びながら、しかしミレは愚直に周辺の警戒を怠らない。緩衝地帯に足を踏み入れたルーキーが命を落とす最多の要因は、不意を衝かれる襲撃に気付かない事だ。その点、ミレは初陣と思えない慎重さで辺りを落ち着いて見回し、


 「……状況に変化ありません、引き続き先行してください」


 と、緊張で掠れ気味の声ながらしっかりとマデュラに告げてから、フッと小さく息を吐いた。




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