アヤクリ 3
私たちは付き合うことになった。
このひと月の間、色々なことがあった。
一番強烈な思い出は初めての口づけを交わした日だ。
「あ、あの、キスをしませんか」
顔を赤く染めたクリステル様の一言から始まった。
私たちは何故かベッドの上で正座した。
口づけとはどういったふうにするのだろう? 私とクリステル様は共に十六歳。これまで生きてきて私にそんな経験はないが、彼女は?
横に座るクリステル様を見ると目が合った。かあっ、と互いに顔を真っ赤にして慌てて逸らす。
「キスですか?」
恐る恐る言うと、クリステル様が過剰に反応する。
「あ、い、嫌ですか? 嫌ならその――」
「いえ、いささかもやぶさかでなく。むしろ喜ばしいのですが、口づけとはどのようにすれば良いものかわかりません」
そんなものはただ唇を合わせればいいだけだ、と考えている人。それは違う。大切な人とするのだから、きちんとしておきたいのだ。
「以前読んだ本では、愛を語る内に自然とそのような流れに」
「愛を語る、なるほど」
「では私から」
クリステル様はすぅっと息を吸い込むと、私の方を見た。
「これまでずっと病気で寝たきりだった、ずっと一人だったの。だからね、アヤメさんが友達になってくれた時、すごく嬉しかった。色んな話をしてくれて、いつも守ってくれて。優しいな、嬉しいなって、そう思っていたらね、いつの間にか」
最後の方はしゅぅぅ、と声が萎んでいくようだった。
嬉しいのは私の方だ。嫌われ者だった私をこんなにも思ってくれるなんて。
「わたしもクリステル様のことが」
声が上ずってしまった。コホンとひとつ咳払いをする。
「私もクリステル様のことが好きです、こんな私を――」
「あ、また言った」
「はい? えっ!?」
急にクリステル様が迫り、私の頬を両手で包んだ。
「アヤメさん、自分のことを『こんな』なんて言っては駄目。あなたはとても素敵なの、わかりましたか」
「は、はい」
頬が熱い。火が出そうだ。
うう、頼む。鼓動の音が彼女に聞かれませんように。
「アヤメさんはもう少し自覚すべきです。この城にいるどれだけの兵があなたのことを狙っているか」
申し訳ないが話が全く頭に入ってこない。ぷりぷりしているクリステル様が可愛い。
というか、頬を包んでくれている手の熱と、良い匂いで失神しそうだ。
理性の糸が切れてしまったのか、私も両手で彼女の頬を包む。
驚いた彼女は瞳を大きく見開いていたが、やがてそっと閉じた。
そうして私は、ゆっくりと傷つけないように唇を合わせた。
と、色々あって今に至る。
ベッドから出て気づく。腰まで伸びたクリステル様の髪がうねっている。
彼女は椅子に腰を下ろし、櫛を使って髪と奮闘している。
「うう、雨の日はこれだから嫌だよ」
苦笑いをしている。
「クリステル様、雨の日はくせっ毛なんですね」
「うん、そうなの。変だよね、恥ずかしい」
ああ、そんなあなたが愛おしい。
「よければ櫛を私に」
「アヤメさんがやってくれるの?」
「はい」
「じゃあ、お願いします」
丁寧に、壊してしまわないように、優しく櫛を使って髪をすく。
金色の髪が割れて、うなじが見えた。乳白色の肌がやや薄桃色に上気している。
「えへへ」
「? どうしました」
「なんだか、お姉ちゃんができたみたい。アヤメさん私より背が高いし、いつも守ってくれるし」
「ふふ、どんな時もお守りしますよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
振り返った彼女は上目遣いで言う。
ビシっと何かが体の芯を突き抜けた。
これはまずい。
思っていたよりも心に響いた。妹を愛でる者達の気持ちがわかる。
私は背後からクリステル様を抱きしめた。
「きゃー、なに、どうしたのお姉ちゃん」
可愛い。
誰にも渡したくない。特に男の手には触れさせん。クリステル様を篭絡し、「お兄ちゃん」などと呼ばせてみろ、そいつは殺す。
「ずっとこうしていてもいいけど、アヤメさんの髪も梳いてあげたいな。あなたの髪も腰まで伸びているから、一人では大変でしょう」
「はい、是非」
人に触れられるのに抵抗がある私だが、クリステル様に対してその感情が湧くことはない。いつも、どんな時も傍にいて触れてほしいと思う。
そんな私たちの生活はこれからも続いていく。
まだまだ続きます!




