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百合っと皇女の猫  作者: WAKA
24/36

アリレリア

アリスとアウレリアのお話です。

この世界ではアリスはグレておりませんので、綺麗なアリスに仕上がっております。

けど、エロさがアリスの魅力ですからね。そこはきちんと表現していきたいと思っております!


では開幕です!

 私はヴェルガ城内庭園にある大きな木を背にし、緑の芝の上にどっしりと腰を下ろしていた。

 木陰は伸ばした足をすっぽりと覆いこんでいて、正午の強い日差しから守ってくれているようだった。

 思いのほか暑い日になった。こんな陽気の中でよくも楽しくできるものだ、と木陰の先ではしゃぎまわる少女を見た。


「こっちこっち、ほらこっちですわ」


 少女は満面の笑みで芝の上を走る。

 鈴のような笑い声を聞いているとこちらまで微笑みが零れる。フリルのついた桃色のワンピースと淡いグレーのプリーツスカートが、飛び跳ねる度にふわりと揺れていた。


「おいでおいで! きゃあっ」


 スカートから伸びる白い足に、追いかけっこを楽しんでいた子犬が絡みついた。くすぐったそうな悲鳴をあげて芝生に寝ころんだ少女めがけ、子犬はフスフスと鼻を鳴らしながら飛びつく。

 少女の胸に陣取った子犬はしばし体を嗅ぎまわっていたが、やがて少女と同じはしゃいだ声をあげて薄紅に染まった頬を舐める。


「きゃあっ、もう、あはは、くすぐったいですわ」


 肩まで伸びた金色の髪と紺碧の双眸は、少女の母や姉と同じものだ。少女の名はヴェルガ国第二皇女、アウレリア・シェファー。

 私が彼女の護衛を務めて、もう三年になる。


 十年前、私はこの国へやって来た。

 レガール大陸にある大国ヴェルガ。

 経済や技術の発展は世界一。先進国として各国から注目されて止まない国だ。

 多くの人々がヴェルガの名声にあやかろうとするが、受け入れられるのはほんの一握り。

 そのヴェルガから直々に招待されたのだ。

 

 正確にはヴェルガ軍大臣であるエルフリーデ・ランゲマルクから、ヴェルガ国の自由と正義の守護者達、通称メルリスに推薦された。ヴェルガ国騎士団の中でも特に抜きんでた才ある者のみで結成された集団。そんな特別な部隊に大臣自ら推挙してくれた。

私の母国、セルシアでヴェルガの軍部を招いたパーティーが催された。父がセルシア国の大臣であったから、私も仕方なく参加したのだが。


『あなた面白い力を持っているわね。どう? 私と来ない? その気があるなら上の方に推挙しておくけど』


 私を一目見たエルフリーデがそう言った。

 冗談だと思った私は「お戯れを」と微笑んだが、なんと二日後には正式な書状が届いた。父は涙を流して喜び、病弱で寝込んでいた母は驚きのあまり体調を悪化させた。

 


 そして私は誰もが羨むヴェルガ国へやって来た。それどころかヴェルガ城に足を踏み入れている。恐れ多くも、ヴェルガ軍大臣であるエルフリーデに再び会うことができた。


「ああ、遠路はるばるよく来てくれたわね」


 そう言って微笑んだエルフリーデの所作に従うように、金色の髪がふわりと舞う。なるほど見る者の心を奪う美貌、威厳ある風格からはある種の質量さえも感じる。この人についていけば、ゆくゆくは――


「衛兵、ここからは二人きりに」


 エルフリーデが言うと、私の後ろに控えていた兵士が一礼をして部屋を後にした。

 その声で我に返る。ここからが正念場、きちんと礼を尽くさなければ。


「セルシア国より参りましたアリスです、ご招待に預かり恐悦至極にございます」


 貴族らしく姿勢を正して挨拶する。


「まあ、素晴らしい」


 ふふふ、毎日礼儀作法を仕込まれてきた私に死角はない。


「ええと、アリス? あなたの名前は――」

「いえ、アリスと。私のことはそうお呼びください」

「・・・・・・わかったわアリス。さっそくだけど」


 エルフリーデが手をかざすと、机に飾ってあった花瓶が浮き上がった。水中でたゆたう海月のように、ふわりふわりと浮いている。その光景に目を奪われた。


「こういう力があるのはあなただけではないの。けど、大勢の人が持っているわけでもない。アリス、あなたは選ばれた人間。私とあなたは同じものよ」


 ポカンと呆けていると、花瓶は何事もなかったかのように元の位置へと戻った。


「見せてみなさい」


 エルフリーデが言う。

 窓際の棚に目を向けると、そこには窓から洩れる陽に照らされるいくつかの薬瓶があった。陽の光は薬瓶を通り抜け、それと同じあめ色の輝きを床に照らし出している。

 私が手をかざすと五つの薬瓶が同時にふわりと浮き上がる。


「素晴らしいわ」


 エルフリーデは言った。

 私は高揚と歓喜の中、薬瓶を静かに元あった場所へと戻した。

 その光景を見ていたエルフリーデは目を爛々と輝かせて私の手を握りしめた。

 私もまた歓喜に打ち震えていた。

 この特別な力は生まれつき。女の身でありながらこういった力を持って生まれた私に、父と母は冷たかった。誰とも分かり合えなかった孤独な日々。しかし、まさかヴェルガ軍の大臣も同じ力を持っていて、認めてくれるだなんて夢にも思わなかった。私は唯一の理解者と、出世の道を一度に掴んだのだ。

 


 それからあらゆる任を迅速にこなし、正当な評価を受けた私はものの数年でメルリス騎士団長の肩書を手に入れた。他国出身者とは思えないほどの待遇と、十分すぎるほどの報酬。鼻を伸ばしながら、悠々とヴェルガ城に勤める日々が続いた。

 私の将来は安泰と決まったようなもの。地位と名誉を得た私には、多くの者が信頼を寄せている。どのような障害も起こりえないと浮かれていた。

 だからあの日も。皇妃に直々に呼ばれた日も、なんの疑問も持たなかったのだ。

 前夜から興奮が冷めきらず寝付けなかった。明日は皇妃の元へ、などと言われて容易に受け入れられるわけがない。

 ヴェルガのメルリス騎士団は国を守護するエリート集団であるが、皇族と目通りできる機会はほぼない。皇族と話ができるのは、軍部大臣であるエルフリーデくらいのものだ。そのエルフリーデに次いで皇妃の元へ招集されたわけであるから、これは一大出世の前兆だ。

 何が待っているのだろう。一軍人から外交官への転身だろうか。

 ふっ、まったく私の地位はどこまで昇ろうというのか。

ここまで来たからには止まるわけにはいかない。

世界が注目するヴェルガに取り入り、あらん限りのものをしゃぶりつくし、やがては世界を手に入れてみせる。



「いらっしゃい、アリスさん」

「お呼びいただきまして、光栄にございます」


 弾んだ息を何とか鎮め、皇妃に挨拶をした。


「エルフリーデさんの推薦でね、あなたになら安心して任せられるわ」


 ヴェルガの皇妃からこうして言葉をかけてもらえる人間がどれだけいるだろう。皇妃が言葉をかけてくれるたびに自尊心がくすぐられる。


「あなたには特別な仕事をしてもらいたくてね」

「心得ております、いかなる任も尽力させていただきます」

「よかったわ。後はクライアントがあなたを気に入るかどうかね」


 悪戯な笑みのままウインクし、皇妃様は揺りかごの方へ歩き出した。見るからに高級そうな木彫りの揺りかご。そこからはこれまた高級そうな純白の羽毛布団が、縁からはみ出していた。


「お姉ちゃんだよ、よちよち」


 その横には二歳になるクリステル皇女。母親譲りである屈託のない笑顔を、揺りかごへ向けていた。


「クリステル、ちょっとごめんね」


 皇妃が揺りかごへ手を入れ、そこから赤子を抱きかかえた。


「この子はアウレリア、私の大切な娘です。アリスさんにはアウレリアの護衛を務めていただこうと思っていたの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


 え? は? 赤ん坊の護衛?


「よろしくお願いしますね。あ、よければ抱いてあげて」

「あ、いえ、私は――」


 無理無理無理、赤ん坊なんて抱いたことない。


「さあ」


 ふわっ、としたミルクのような甘い香りと共に、アウレリアは私の腕にやって来た。

 眠っていたところを起こされ、不機嫌そうであった紺碧の瞳が大きく見開かれた。


「すごいわアリスさん、アウレリアは人見知りでね。乳母の方が抱くといつも癇癪を起すのに。あなたが好きみたいね」


 そんな爆弾のような赤ん坊を私に抱かせたのか。

皇妃は常にニコニコ微笑んでいるが、なにかしら腹に含んでいる人だと知ったのはこの日だった。


「お母さま、お母さま、私もアウレリアを抱きたいです」

「はいはい、アリスさんの後でね」


 クリステルが皇妃のスカートを引っ張り、どこか羨まし気な視線を私に送ってくる。


「アウレリアのことよろしくお願いしますね」


 ・・・・・・嘘だ、こんな。



・・・・・・・・・・



 そして今にいたる。

 アウレリアは三歳になった。

 皇帝の娘であるから何不自由なく生きることはできるが、しかしそれなりに厳しいこともある。皇女としての教養や礼儀作法は既に始まっていた。食事のとり方から話し方、所作に至るまで徹底される。さすがに鞭打たれることはないが、子供からすれば厳しい毎日だろう。


私自身も貴族の生まれであったから、そういったことは経験してきた。

 毎日が嫌で嫌でたまらなかった。

 けど、メイドのマリアが来てくれてから私の生活は一変した。彼女はきちんと話を聞いてくれた。私が嫌がることは強要せず、一緒に思い悩み、毎日を共にしてくれた。今私はそんな彼女を模範としてアウレリアに接している。


「ねえアリス、アリス」


 アウレリアは子犬を胸の所に抱きしめたまま、私のところへやって来た。


「ほら、あなたも触ってごらんなさい。ふわふわであったかいんですの」

 

 息を弾ませたアウレリア同様、子犬もまた舌を出しながらせわしなく呼吸している。


「いやよ、毛が着くじゃない」


 それを聞いたアウレリアは輝きに満ちた青い目を細め、唇を尖らせてふてくされた。


「まあ、そんなことを言って。こんなに可愛らしいのに」


 アウレリアに撫でられた子犬は嬉しそうな声を上げ、胸元から飛び出して駆けて行った。


「あ、待って。後で触りたいと言っても触らせてあげませんのよ」


 アウレリアも子犬の後に続き、再び陽の当たる場所へと戻っていった。


「あんたの面倒見るだけで精いっぱいよ」


 皮肉は木漏れ日の中に消えた。


・・・・・・・・・・・・・


 犬を返した後もアウレリアのお楽しみの時間は終わらない。


「よいしょ、よいしょ」


 今はああして庭園になっている木苺を積んでいた。小さな手で身を潰してしまわないよう、慎重に摘み取ってはバスケットの中に入れている。膝をついているから高級な服が泥だらけだ。まあ、洗うのは私じゃないからいいか。


「アリス! アリス!」


 ぼーっと眺めていると、アウレリアがとことこと精いっぱいの速さで駆け寄ってくる。


「見てアリス、わたくしが積んだんですの!」


 バスケットの中には赤く実った綺麗な木苺がたくさんあった。


「凄いじゃない、ちゃんと摘めるとは思わなかったわ」


 頭を撫でてあげると、それが嬉しかったのかクククとくすぐったそうに笑った。しかしすぐに胸を張って言った。


「ふふん、凄いでしょ。わたくし一人でもできますのよ」


 いっちょまえにドヤ顔である。


「卵の失敗から学んだのね、偉いわ」


 つい先日、二人で廊下を歩いていた時のこと。通りかかった料理人が転倒し、運んでいた食材の箱が床に落ちた。中身が散乱したので私とアウレリアで拾うのを手伝ったのだが。


『これも落ちてましたわ』


 アウレリアが卵を拾ったと同時に、ペギャっと嫌な音がした。強く握りしめたので殻が破れてしまったのだ。生暖かいドロッとした中身がアウレリアの指を通して床にしたたり落ちた。それを見たアウレリアはあわあわと慌てふためき、汚れた手をドレスで拭いた。黄身と白身の混ざったそれが、ドレスにべったりと擦りつけられた。


『なによってんのよ、そんなことしたドレスが汚れ――』

『う、うう、うぅ』


 ぐぅぅ、と歯を噛みしめ目が細められた。そして――

 びえええええええええええええええ、というなんともはしたない泣き声が響き渡った。


『こんなことでいちいち泣かないの! 泣いてもドレスが綺麗になるわけじゃないでしょ!』

『びええええええええええ、うっ、びええええええええええ』

『泣いても何も解決しないわよ!』

『うわああああああああああん』

『ほら行くわよ、洗えばそんなの落ちるんだから』


 このようにアウレリアは癇癪持ちだ。これくらいの子供はみんなそうだと言うが度を越している気がする。クリステルはもっと大人しかったのに。

 これだけ泣けるのだから、辛いことも忘れられそうなものだが。まあ、この子もこの子なりに大変なのだろうと思うことにする。だから、今日みたいに時間が空いた日はアウレリアのやりたいことをさせてあげる。それが私の役目でもある。


 木苺を摘みたいと言ってきたから、また潰してしまうのではと思っていた。卵の件がよほど屈辱だったのか、どうやら握力の調整を覚えたようである。


「それで、アウレリアはこんなに木苺を集めてどうするのかしら?」

「ええとね、リスさん。リスさんにあげるんですの」


 アウレリアは庭園の奥にある木を指さした。


「リスって木苺食べるの? ひまわりの種とかの方がいいんじゃない?」

「食べますわ、甘くておいしいですもの。ほらアリス、早く早く!」


 飛び跳ねながら私の手を引いた。


「そんなに急ぐとまた転ぶわよ」


 言ってる傍から草の根に足を引っかけ、転びそうになった。咄嗟に体を抱き留めて「ほら見なさい」と嫌味を言ってやる。それなのにアウレリアはキャッキャとはしたなく喜んで動じなかった。


「女の子がみっともなくはしゃがない、ほらこっち向きなさい」


 腰を落とし、乱れた金色の髪を手ぐしで整えてやるとーー


 ちゅっ


 アウレリアのふわふわした唇が頬に触れた。

あまりのことに驚いて、唇が触れた頬に触れる。時間をかけてゆっくりと、頬が熱を帯びてくるのが分かった。


「ありがとう」


 やった本人も恥ずかしかったのか、手を後ろで組んでもじもじしている。


「あんたね、こういうのはやる相手を選びなさい――」

「ふふふ、間違ってはいませんわ」


 私の手を取って再び走り出す。私は彼女の身長に合わせて腰を落とし、低い姿勢のままついていかなければならない。まったく何をやっているんだか、こんなおままごとみたいなことするために、この国へ来たわけじゃないのに。

 ふと見れば、目の前には揺れるアウレリアのお尻。そこにも泥がついていたから払ってあげようとすると、アウレリアは片方の手でパンパンと叩いて泥を落とした。


「っぷ」


 その叩き方が庭師の中年オヤジとそっくりだった。小さな女の子なのになんてことだろう。


「なに笑ってるんですの?」

「別に、あんたがおっさんぽいって思っただけ」

「まあ! わたくしは立派なレディですのよ!」

「はいはい」

 

 けど、アウレリアの成長を見守るのは楽しくもなっていた。ついこの間までは手の付けられないじゃじゃ馬だと思っていたけど。


『うー! やーだー! ぎゃああああ!』


 四足獣の如く身を屈めて、この世の終わりのように泣くアウレリア。算術も語学もマナー教師も全部嫌だといって泣いて暴れた夜があった。


『うわあああああん、泣かないでアウレリア、ええええええん』


 どういうわけかクリステルも貰い泣きしていて、現場はちょっとした戦場のようであった。皇妃はどうしてこのような場所へ私を呼んだのだろう。嫌な予感がプンプンした。


『うーん、困ったわね』


 それを眺める皇妃はさほど困っているふうでもなくそうつぶやいた。


『ねえアウレリア、先生がみんな嫌なら誰がいいのかしら?』

『うっうぅ、アリス。アリスがいい』

『まあ。だそうなんですけどアリスさん?』


 げっ、と口には出さなかったが十二分に伝わる表情はしたつもりだ。やはりそういうことか。


『アリスさんは教養もおありだとエルフリーデさんから聞いているのよ。聞けばセルシア国では有名な貴族の出身らしいじゃない。アウレリアの教師も十分務まると思うのだけれど』


 あの女(エルフリーデ)! よくも余計な真似を!


『い、いえ皇妃様。私がアウレリア様の教師などあまりにも――』


 冗談じゃない。護衛だけ務める今でさえ辟易しているのに、これ以上こんなヒステリックな子の面倒を見るのはごめんだ。クリステルの方がまだいい。

 第一、こんなことを続けていても世界を手中に収めるための地位を得られるとは思わない。いや・・・・・・アウレリアが成長して立派な皇女となり、権限を行使できるようになれば私を出世させてくれるかもしれないが。


私には時間がない。


『アリスさんはメルリス騎士団ではあるけど、アウレリアの護衛となってからは任務も下りていないでしょ? この子の面倒を見る時間はたっぷりあるじゃない』

『しかし、私には野望――』

『野望?』

『いえ時間が』

『時間て?』

『あのですね』


 なんとか断らなければと、その時一瞬だけアウレリアの方を見たのが間違いだった。


『うっ、うぅ、ふえっ、ふえぇ』


 それは火山の予兆のようであった。

 期待に輝いていた表情はみるみるうちに陰っていき、紺碧の瞳に再び涙のたまが浮かび始めていた。


『びえええええええええええ! やだぁああああああ! アリスがいい!』


 掌でばっちんばっちん床を叩いての訴えであった。


こちらの思考が停止するほどの勢い。皇女でありながら、野獣の如く騒ぎ醜態を晒すとは。


そして、結局はこの小さな皇女に根負けすることになる。


 私は仕方なく・・・・・・本当に仕方なくアウレリアの教師役を受けることにした。


終わった。


きっと我が儘を言われる日々が続く。

ひっぱたけば大人しくなるかもしれないが、そんなことをすれば文字通り首が飛ぶ。


と、始まる前から匙を投げ出したくなっていたが、いざ始まってみるとアウレリアは素直だった。


 私が教えてあげるときちんと椅子に座って勉学に打ち込んでいた。泣き叫ぶことは一度もなく、呼吸を忘れているのではないかと言うくらい集中してくれる。皇族としての立ち振る舞いの教養など特に見事であった。たった一度教えただけで、すぐ完璧にこなすことができた。


 なんなのこいつ? それがこれまで共に過ごしてきた私の感想。ヒステリーを起こすこともあれば、恐ろしく集中してすぐさま技術を身に着けるという一面も併せ持つ。


 今だって小さな掌に木苺を乗せ、リスが木から降りてくるのをじっと待っている。集中している時は途端に慎ましくなり、その姿は癇癪を起こしている時と比べ物にならない。


「来ませんわね」


 木の前に来てから三十分、さすがに腕が疲れてしまった様子である。アウレリアの小さな掌では、木苺が一つしか乗らない。私はポケットからひまわりの種を取り出し、その掌にいくつか落としてあげた。そして疲労に震える手を支え、腰に手を回して言った。


「私も一緒にいてあげるから、もう少し待ってみましょう。あと少しでリスが来てくれるかも」

「うん」

 

 ややしょぼくれたアウレリアは、私に支えられた手を誇らしげにかざして微笑んだ。



・・・・・・・・・・


 


 家族の絆を大切にしたいという皇帝と皇妃の要望で、シェファー家の晩御飯は必ず家族全員でと決められている。その後はまた家族そろって談話室へ行き、お茶を嗜みながらその日あったことを話し合うのだ。

 それが終われば就寝となる。皇帝と皇妃以外はそれぞれの部屋に戻っていく。

 アウレリアもまた自分の部屋に戻って来た。

 就寝前の僅かな時間を私たちは共に過ごす。今日あったことを話したり、ぬいぐるみで遊んだり、色々なおとぎ話をしたりする。


「ちーちー、リスさんがいますよー、コンコーン、狐さんもいるよー」


 動物のぬいぐるみを持って遊ぶアウレリアはご機嫌な様子だ。


暖炉で燃える火が彼女の頬を照らし、壁には長い影を写し出している。室内の電灯は極力落としているため、燃え盛る火の色が濃くなっているのだ。


焚き火を見ていると大人しくなり、周囲が暗ければ眠たくなるのが人間というもの。眠りにつくまでの準備として、最適な環境を作り上げていた。



しばらくすると、案の定アウレリアは大きなあくびを一つして頭を上下に揺らし始めた。


「今日はここまでかしら」


 私は手をかざし、“力”を使って、床に転がっていた全てのぬいぐるみを浮かび上がらせた。それを部屋のすみにあるおもちゃ箱に入れ、うつらうつらしているアウレリアの元へ向かった。


「ちょっと、アウレリア」


 肩を揺すると、煩わしそうに目を擦り、いつの間にか空っぽになった手に驚いている。


「んー・・・・・・やぁ」

「なに?」

「くまさん、くまさんのぬいぐるみ」

「ああ、はいはい」


 おもちゃ箱からくまのぬいぐるみを取り出して渡すと、再びご機嫌になったアウレリアは胸に抱いてクククと微笑む。


「さあ、今日はもう寝る時間よ」

「うむぅ、アリスともっと話したいですわ」

「ベッドで寝ながらなら許可するわ」

「じゃあ寝ます、えへへー」


 アウレリアを抱き上げてベッドへと運んだ。初めて抱いた頃に比べれば随分と大きくなった。毛布を掛けてやりながらそう思っていると、アウレリアが口を開いた。


「ねえアリス」

「なに?」

「どうしてアリスの髪は銀色なんですの?」


 私はベッドに頬杖をつき、悪戯な笑みを浮かべた。


「さあどうしてかしら」

「わかりませんの」

「あんたが手ばっかり焼かせるからよ」

「え、わたくしの、わたくしのせいですの?」

「そうよ、わがままな皇女様」


 アウレリアの顔がサーっと青くなった。面白くなった私はアウレリアが抱きしめているくまのぬいぐるみに意識を集中させる。腕をするりと抜けたぬいぐるみは、そのまま天井まで舞い上がった。吊り下がるシャンデリアの回りをぐるぐると回転させてみる。


「あ!? あぁ?」


おぉ! と表情に出して拍手している。

よくもまあコロコロと表情が変わるものだ。もう少し苛めてみたくなった。


「この力もね、アウレリアのために学んだの。怒って暴れたらすぐに止められるように。そうそう、私は年を取ることもなくなったわ。だってアウレリアが手を焼かせるから、年を取る暇なんてないんですもの」


 真顔で言うと完全に信じたアウレリアは困り果てたような様子で、なんとも言いようのない怯え顔でこちらを見ている。


「っぷ、あはははは」

「え!? え? え?」

「冗談よ」

「じょうだん? うそってことですの?」

「そう」

「もおお! ひどいですわ!」

「この力は生まれつきよ、こういう星の元に生まれたの。十六歳から年を取らないのも力のため・・・・・・ほら、エルフリーデっているでしょ? あの人と同じ。さあ、むくれてないで今日はもう寝なさい」


 ぬいぐるみを天井から戻してアリスに与え、整った金色の髪を撫でてあげた。

 ぽん、と布団を叩いて明りを消し、部屋を後にしようとした時だった。


「ねえ、アリス」


 振り返ると、ベッドから身を起こしたアウレリアがこちらを見ていた。伏し目がちな目は寂しそうだった。


「アリスは、わたくしと一緒ですわよね。ずっと」


何故だろう。

アウレリアを抱き締めたいと思ってしまった。

 普段ビエビエ泣いていた子が急にしおらしくなると、こういう気持ちになるものだろうか。


「それはあんたが決めるんじゃないの?」


 私はそっと扉を閉めた。


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