アヤルリ 5
夜の庭園でぼーっと池を見ていた。
月の光がスポットライトみたいに池に降り注いで、光る水面を水鳥がすいすい泳いでいた。
水鳥はあたしを見て不思議そうに首を傾げる、それを真似て同じように首を傾げると、興味を無くしたのか水鳥は向きを変えていってしまった。
そんななんでもないことが、ひどく孤独な気持ちにさせる。
待って
追いかけようとして、水際に来たところでハッとなって足を止めた。
「あたし、なにしてんだろ・・・・・・」
お姉さんのいる部屋には帰る気がしなかった。
だってお姉さんは――
項垂れて視線を落とすと、月明りに光る水面にあたしが映っていた。
髪は雪で真っ白に覆われた平原のような色、そこに突然差し込んだ陽のように朱い瞳。別にどこもいじってない、生まれながらにこういう色を宿してた。それがあたし。
こういう色を持つ人間は特殊みたいで、子供の頃はよくからかわれてた。
うわー、変な色
気持ちわるー
とか、散々なことも言われた。とってもとっても傷ついた。
でも、少しずつ大人になった今は――なんていうか、寄ってくる理由が変わった。
ルリちゃんかわいいねー
君が好きなんだけど、付き合ってくれない?
はぁ? って感じ。どれもこれも空っぽの言葉ばっかり。あたしのことよく知りもしないくせに。だからそういう人達には酷い言葉を返してあげた。この見た目であたしが傷ついた分だけ、その人達も苦しめばいいと思ったから。
最初はざまあみろって思ってた。人に受け入れられず、苦しんでいた頃のあたしに言ってやりたい気分だった。ほら見て、意味わかんないけどモテモテなんだよ? だからさ、そんなに悲しそうに泣くことないんだよ。実はあたしってべっぴんさんだから。
いい気分だった。人を傷つけていい気になるなんて、なんだか悪役っぽいけどね。
本当のあたしってこんなだったかな。
酷いことばっかり言うんじゃなくて、ちゃんと思いやる気持ちも持った子じゃなかったかな。
天邪鬼なあたしでも素直になれる人っているのかな。
そんな新しい悩みができてしまった。
空っぽな感情じゃなくて、真っすぐにあたしを見てくれる人を求めてた。そうすれば、あたしも優しくできる。そう信じたかった。
お姉さんと出会ったのは、そんな時だった。
女同士だから当たり前かもしれないけど、お姉さんはギラついた目であたしを見ない。それでも、いつもそっと見守ってくれる人だった。
今日はどんなことがあったとか、好きな花の色はなにかとか。たまに話す内容は当たり障りのないものだったけど、不思議と嫌な感じがしなかった。ピリピリしないまま話せる人って、これまでいなかったから。あたしも妙な感覚に癒された。
それなのに、話したこともない人の告白を受けて浮かれちゃってさ。つまんないよ。
お姉さんはこれまで会った人とは違うと思ってたのに。
嫌な感じ。
だいたいお姉さんの隣にいたのは、あたしだったのに。
「ルリ!」
急に名前を呼ばれてびっくりした。でも、その声の主が誰だかわかってしまったから。
あたしは振り返れなかった。
♦
よかった、ここにいてくれた。
心底安心した途端、重苦しい不安が体から離れて安堵の笑みが漏れた。
「探したんだぞ」
「・・・・・・」
「ルリ?」
「・・・・・・」
呼んでも振り返らない。
ルリを見つけられて浮かれていたのだと思う。私は無意識のまま彼女の手を取っていた。
「ルリ、帰るぞ」
走り寄って彼女の手を取ると――
♦
ぎゅっとお姉さんがあたしの手を取った。
お姉さんの手は思っていたより小さくて、温かくて――そう思った瞬間、体の芯からゾッとして腕を振り払った。
嫌だ。
だってお姉さんは違う。
♦
「ルリ」
私の手を振り払ったルリはその場から飛びのいて、初めて出会った頃よりも警戒の色を濃くしている。
「ルリ、どこか悪いならお医者様の所へ行こう。それか――」
「違う、違うよ」
そう言ったルリは目を瞬いて、しばらくの間黙り込んだ。
「来ないでよ、ほっといて」
注意しなければ聞き取れないくらいの声で、ルリは言った。未だ警戒しているルリだが、私の目には震えて見えた。
「どうしたんだ」
「あたし、お姉さんがわからない・・・・・・」
「わからない?」
「お姉さんに告白したって人。お姉さんは何とも思ってないんでしょ? それならどうして、どうして付き合ったりするの? そういうの、わからない」
私に想いを告げた人の顔が浮かび、胸が締め付けられる。
「ああ」
ルリはその人のことをどう思っているのかと聞いた。その時私は、人を思う気持ちは大切だと彼女に言った。しかし、私は――
「断ってしまったよ」
「え? だって、今日一緒に歩いてた」
「なんだ、見ていたのか?」
「偶然だけどさ」
「私が呼び出したんだ、そして受けた告白の返事をした。まだ、私にそういう感情はわからないと。このまま付き合っていても、きっとあの人を傷つけてしまうと思ったから」
「へ、へー」
「ルリには偉そうなことを言っておきながら、そういう有様だ」
私は肩を竦めながら話した。
ルリの助けになりたいと思いながら、どうにも失態続きだ。きっと呆れているだろう。
「あたしがここにいるって、どうしてわかったの?」
ルリが言った。
「どうしてと言われても――勘だが」
「そっか」
ルリは視線を斜めに落とし、前髪の先を指で弄っていた。
「変な人」
失礼なことを言ったルリは顔を上げて微笑み、私の胸に抱き着いてきた。
「お、おい」
「お姉さ――アヤメちゃんって、なんか一緒にいて落ち着く」
「たまに布団に潜り込んでくるのはそれが理由か?」
ルリはむっとして顔を上げ、それでもすぐに笑顔になった。
「そうかも」
私はそっとルリの頭を撫でてやった。
「帰ろう」
「うん」
よくわからないが、機嫌は直ったらしい。




