柔らかい手
反対側の路上でギターの弾き語りが曲を奏で始めた。数人の道行く人が足を止め、その演奏に聞き入っている。
セインはちらりとそのギターの方に向き、
「母を亡くした後、エドが俺を引き取ってくれた。」
「まあ、そうなの。」
ミルフィーユは意外そうだった。それもそうだろう。エドはまだ30代後半。義理の父親にしては若すぎる。セインとは兄弟といった方がいいくらいの年代だ。
「あ、でも、そう。わかったわ。だから作った料理を持たせたり、あれこれあなたのことを面倒みてたのね。」
「ああ、それに気がついた?」
「何?」
「俺たち、苗字一緒だろう。」
「まあ、そうね。マスターの名前。」
ミルフィーユは納得したように頷いた。
エドガー・ガーランド
それがエドの本名だ。
So this is Christmas
And what have you done
Another year over
A new one just begun
ジョン・レノンの「Happy Christmas」が聞こえてきた。
あ、ミルフィーユが笑顔を向けた。
「この曲好きなの。」
ミルフィーユがセインの袖を引っ張った。彼女に腕をとられて、セインも弾き語りの輪に加わる。
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young
「あの。君は?家族は?」
自分のことばかり少ししゃべりすぎた。セインはそう感じていた。本当は彼女のことが知りたくてたまらないのに、表に出すことが出来ず、質問されるまま自分のことをさらけ出してしまった。それが恥ずかしく、でもどこか心地よい感じがした。ミルフィーユは自分のことを受け止めてくれる。そんな気がした。
「私?」
ミルフィーユがセインを見つめた。それは吸い込まれそうに深く美しいグリーンだった。クリスマスツリーのモミの木の色を連想させた。
「私も母を早くに亡くしたわ。父とふたりよ。」
ミルフィーユも母がいなかった。
同じだ。
父親とふたりか。
父親とはどんなものだろう。セインにとっては、エドが義理の父親になる。だが、年かさもさほど変わらぬふたりは、親子というよりは兄弟のように、何でも言い合える対等な感じに近いものだった。
あれこれ思い巡らせながら、ふたりで演奏に聴き入る。
雪が又降ってきた。ひどくならないうちに彼女を送っていかないと。そう思ったセインの手にミルフィーユがそっと触れた。セインは、少し迷ってその手をそっと握り返した。新雪のように柔らかく、そして暖かい感触が身体に染みわたった。




