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エピローグ

 5年後。

「うー。今夜はまた一段と冷えるな。」

 エドは手にしたグラスを磨きながら、誰にともなく呟く。それを聞きつけたアンナがバックヤードから顔を出し、

「槇をもう少しくべる?」

 と尋ねると、エドは、

「そうだな。雪もちらほらしてきたしな。」

 と答え、窓の外に目をやる。

 冬の陽は短い。さっきまで陽が差していたかと思えば、あっという間に太陽は落ち、濃厚な冬の夜の闇がすぐそこまでやってきていた。暖炉の赤々と燃えた火が窓ガラスに映り、少し白く曇った窓の向こうには、鈍色に染まった空から白い塵のような雪がふわふわと舞い出した。

「いいよ。アンナ。俺がやるよ。それよりユリウスは?」

「お利口さんにしてるわ。奥で絵本を見てるわ。」

「そっか。」

 頷いて奥の部屋を覗き込むと、座っているユリウスの足と手元に置いた絵本が見えた。

「ねえ。」

 甘えたようにアンナが上目づかいにエドを見る。

「何?」

 同じように目尻を下げて甘い声を出したエドが、アンナの腕に触れると、

「早く私たちもあんな可愛い子が欲しいわ。」

「そうだな。」

 言いながらアンナの細い腰に腕を回したエドが彼女の耳元に口を寄せると、

「おい、おい。マスター。店で新婚ごっこはやめてくれよ。目の毒だぜ。」

 カウンターでビールのジョッキを傾けていた常連の中年男性にヤジを飛ばされた。

「あはは。悪い。悪い。」

 そう言いながらも、エドはアンナの腰から手を放そうとしない。


 そう、あれからエドは、店で働いていたアンナと結婚した。実はアンナはマスターであるエドに恋心を抱いていたが、ぼんくらでアメリアとセインにしか気が向かなかったエドがちっとも気が付かなかったのだ。素敵な女性がほんのすぐそばにいたのに。

 アンナは彼の気を引こうと、若くて血気にはやり、見目の良いボーイフレンドを次から次へと店に連れてきたのだが、その真意にエドが気づくはずもない。もっとも16歳も年が離れているから、アンナに告白された時は、エドは信じられず、「こんなおじさんは止めときなさい。」と説教したくらいだった。


「まったく犯罪だよなー。そんな若い嫁さんもらってさ。」

 不意に背後から声がした。

「セイン!」

 振り向くとセインがいつの間にか帰っていた。落ち着いたダークブラウンのスーツに薄いオレンジのシャツを合わせており、腕には幼児くらいの大きさのクマのぬいぐるみを抱いている。

「お前、いつの間に帰っていたんだ。」

 狼狽えてアンナの腰から手を離したエドが、ばつの悪そうな顔をした。

「今さっきだよ。」

「店ン中でイチャイチャしてるから気が付かないんだよ。」

 いつもの無表情でさらっと言われて、ぐうの音も出ないエドの隣で、アンナが落ち着き払った様子でセインに笑顔を向けた。

「お帰りなさい。セイン。」

「アンナ。ありがとう。すまないね。子守を押し付けちゃって。」

 彼がもう片方の手に持ったケーキの包みをアンナに差し出すと、

「あら、いいのよ。予行演習ってやつかしら。」

 微笑みを崩さぬままアンナは、〝ありがとう。後で頂きましょう。〟もらったケーキの箱を軽く持ち上げ、尋ねるようにもう一方のクマのぬいぐるみに視線を落とす。

「あ、これ。途中で買ってきたんだ。可愛いだろ。」

「勿論ユリウスのよね。」

 当たり前だというように大きく頷くセインに、アンナは目配せをして奥の部屋に引っ込んだ。


 奥で子供が走る軽快な足音が聞こえたかと思うと、3,4才くらいの男の子がバックヤードから顔を出した。

「パパ!」

「ユリウス-!」

 別人のように顔をくしゃくしゃにしたセインが手を広げると、その男の子は駆け寄り、カウンターに腰かけた父親に抱き付いた。弾みで落ちかけそうになったが、セインは体制を整え、腕にしっかりとわが子を抱き、

「いい子にしてたか?」

 問いかける。

「勿論だよ。パパ。アンナに絵本を読んでもらっていたんだ。」

「そうか。よかったな。」

 大人しくひとり留守番が出来たことを得意そうに告げたユリウスは、勝気そうな黒くて大きな目でセインを見た。肩まで伸びた髪はふんわりとカールした濃い栗色で、細面に薄い唇はセインにそっくりだった。

 彼にクマのぬいぐるみを差し出すと、一瞬にして顔が喜びに華やいだ。

「いいの?これ。僕の?」

「そうだよ。ちょっと早いけどクリスマスプレゼント。」

 セインは始終笑顔だ。


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