陽光の差す場所
エドガーの心の中も喜びでいっぱいだった。そして、やっと胸のつかえも果たさなければならない責任からも解放され、伸び伸びとした心持だった。
心を閉ざし、人の輪から背を向けて、依怙地で、世の中を斜めに見ている。セインは自分のことを天邪鬼で、ひねくれ者で、誰からも愛されないと思っていた。
だけど、本当はこんなに人から愛されている。
ミナ、ロン、アトリエの生徒達。皆が彼の元に集まり、今もまた彼を中心にして回っている。誰もが、彼を愛している。
勿論俺だって。
エドはそう思った。
セインはたぶんずっと気が付かなかっただけなんだろう。
「アメリア。」
窓枠の近くに立て掛けられたアメリアの写真に視線を移す。金色の髪と、素直そうな面差しが、小さな頃のセインの面影と重なる。
(いや、いや。やっとこれで俺の任務も終了だな。)
写真立ての彼女に笑いかけ、人の輪に視線を移すと、いつの間にかミナがセインの側で彼の肩を揺すっているところだった。
「先生。」
心配そうに彼を覗き込むミナの脇で、ロンは相変わらず所在無げに頭を振り続けている。セインはいつの間にか笑いが収まり、今度はまた大粒の涙を落とし、しゃくりあげている。
あんなふうに喜怒哀楽を現しているあいつを見るのは、たぶん子供の頃以来だな。
エドは懐かしい思い出に心を委ね楽しんでいた。そして、おもむろにシャンパンのボトルを両手に抱えると、
「さ、みんな。乾杯だ!」
戸惑う人々の輪の中に入ったエドは、しゃくりあげているセインの手に、無理やりグラスを押し付ける。そして、周りの生徒たちに、手にしたシャンパンのボトルを押し付け、陽気に声を高くした。
「さあ、今日はお祝いの日だ。みんなグラスに注げ!」
「ほら。ほら。」
ミナが軽く脇を支えてセインを立たせると、ほかの生徒たちも少しほっとしたような表情を見せ、お互いのグラスにシャンパンを注ぎあった。全員のグラスに薄い琥珀色の液体が注がれると、エドは脇にいたロンに声をかけた。
「さあ、ロン。乾杯の音頭をとれよ。」
「え、あの、僕・・・僕は・・無理です。そんな・・・」
後ずさりして人の輪から外れようとしたロンを、ミナがその肩を軽く叩き押しとどめた。
「ロン。お願いよ。さあ。」
満開に咲いた花のように華やかなミナの笑顔に、ロンはますます恐縮して萎縮し始めた。
「や、やっぱり・・。駄目・・・」
(駄目です)と言いかけた彼の腕を軽く掴んだ者がいた。
「せ、先生!」
ロンの脇にすっくと立ったセインはもう泣いていなかった。それでもまだ興奮状態が収まらぬようで、小刻みに肩が上下していたが、涙に濡れた顔を真っ直ぐに上げ、ロンに笑いかけた。
「ロン。一緒に乾杯しよう。」
セインはジャケットの襟を正し、胸を張った。ロンは背中を丸め気味にしながらも、セインの脇に並んだ。顔は真っ赤で、肩を揺すり落ち着きがない様子だったが。
セインは皆の顔を見回した。一様に笑みがこぼれ、暖かい雰囲気がその場を包んでいた。人の輪の後ろにそっとエドは立ち、その様子を誇らしげに見守っていた。皆の顔を見ていると、またセインは込み上げてくるものに足元からすくわれそうで、腹に力を入れて踏ん張った。そして奥歯をぐっと噛みしめて、思い切り口の端を上に上げて笑顔を作った。そしてグラスを持ったロンの腕を取り、軽く上に上げると、同じようにして自分も手にしたグラスを上に上げた。
「乾杯!」
張りのある彼の声が響くと、同じようにして皆が一斉にグラスを上げた。
「乾杯!」
「乾杯!」
グラスが触れる音が響き、手にしたどの顔にも笑顔が浮かび、和やかな雰囲気に包まれた。エドは人々の背後に立ち、満足そうに頷いた。




