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遅れてきたロン

「こんばんは。」

 拍手が鳴る。ロンについで彼自身も人前は苦手なので、一斉に注がれる視線に頭が真っ白になる。早くも壇上から降りたくなるが、ここはアトリエの主催者として今日のパーティの趣旨と、お祝いの言葉を言わなければならない。

 前日に考えたスピーチの内容を、頭の中で探りながらセインは言葉を続けた。

「今日は、おめでたい席にみんなが集まってくれて大変うれしく思います。今日のパーティの趣旨は、ご存知の方も多いかもしれませんが、改めてお話しいたします。」

 目で、壁際にいるミナに合図を送ると、彼女は颯爽とした動きで壇上近くまで歩いてきた。ミナを隣にセインは咳払いをした。

「ええと、ミナ・ロアンさんが今回のミカエル展で出展いたしました絵画「春の陽」が入選いたしました。」

 そこで一斉に拍手が湧き、口々に皆がミナに声をかける。

「おめでとう!」

「おめでとうございます。」

「凄いよ。」

「素晴らしいわ。」

 ミナの笑顔がはじけた。それまでは緊張していたのかピンクのスーツの袖を片方の手で引っ張ったり戻したりしていたが、皆の賛辞を聞き、堂々と胸を張り、組んだ両手を前できちんと揃え優雅な動きで深々とお辞儀をした。

 歓声がおきる。

 頭を上げたミナは、よく通る美しいソプラノで、お礼を述べた。

「ありがとうございます。ミカエル展に出展させていただいただけでも、大変な名誉ですのに、まさかこのような賞をいただけるとは夢にも思いませんでした。今は、とてもうれしくて、頭が真っ白です。小さな頃から絵を描くことが好きで、絵を描いている時が一番生きている実感が湧き上がってくる時間です。これからも皆さんと一緒にこのアトリエで世界を広げていきたいと思っています。どうぞこれからもよろしく お願いします。」

 再度、割れんばかりの拍手が起こり、ミナは誇らしげに笑顔を浮かべ頭を下げた。ゆっくりと身を起こすと皆に向かって微笑み、ちらりと隣にいる師に視線を向けた。

(先生・・・)

 微かにミナの心の声が耳をくすぐる。ミナの視線を受け止めながら、セインは複雑な面持ちだった。ミナの淡い好意を彼も気が付いていた。ミナは熱心な生徒で、人一倍の努力家だ。表立った華やかな面しか知らない人間には意外な一面だが、セインはそんな人の見えないところで地道に精進する彼女のひたむきさが好きだった。だけど、それは教え子に対する好意や愛情であって、ミナがセインに持つ淡い思慕とは違うと、彼は思っていた。

 だけど、愛する人に去られた今のセインには、ミナの好意が疎ましく困ったものではない。心をいやす要因でもある。だけど、彼女の視線を真正面から受け取る勇気も今の彼にはない。

 彼女がミルフィーユだったら。

 そんな風に、好意を寄せてくれるミナにミルフィーユの面影を重ねてしまうしかないセインだった。

 複雑な気持ちのまま、あいまいに笑顔を見せ、ミナに頷き、スピーチの続きをしようと口を開きかけたセインの目に、入口のドアが薄らと開くのが見えた。

「先生、どうしたんですか?」

 口を半開きにしたまま、沈黙を保っている彼に、ミナは小声で彼の耳元に話しかけた。そして、入口のドアから誰かが入ってくる気配に気付き、ドアの方向に視線を向けた。


 ドアの隙間からちらりと白い服の端が見えたと思うと、セインは、

「ロン!」

 いきなり大声で叫び、壇上を飛び下り、入口の方向に駆け寄った。

 視線が一斉にドアの方に向けられる。

「ああ、あの。」

 恐る恐るドアの隙間から顔を覗かせていたのはロンだった。

 真っ白いパン屋の上っ張りを着たまま、おどおどとした様子で顔を半分ほど覗かせて中の様子を伺っている。

「何をしているんだよ。早く入れよ。」

 弾んだ声でセインはロンに声をかけて、扉を開けた。

「さあ。」

「で、でも、僕・・。」

「ああ、来てくれたんだね。よかった。これでみんな揃ったよ。」

 真っ赤な顔をしてうつむく彼を、半ば強引にセインは腕を引き、店内に招き入れた。

「やあ、ロン。」

「よかった。今から始まるところなんだ。」

「ロン。」

 皆が口々に彼に声をかけると、ロンは恐縮したように、小刻みに体を震わせ、頭を下げた。

「ああ、待ってたんだよ。ロン。君が来てくれるのを。」

 彼の肩に手をかけ抱くようにして人の輪の中に入ると、セインは嬉しさのあまり饒舌になり、彼に矢継ぎ早に話しかけた。

「ミナが入選したのは知っているよね。今度は君の番だよ。いや、他のみんなもそうだ。今度の展覧会にはひと枠だけじゃなく、もっとたくさんうちのアトリエから作品を出したいもんだよ。僕も頑張るから、ロンも皆も頑張って・・・」

 ロンの肩を抱いたり、近くにいたナイジェルやロビンの背中軽くたたきながら、話していてセインはふと気が付いた。


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