再会
「まだ、時間はあるな。」
ジャケットを脱ぎ、気持ちを切り替えてセインはエドの手伝いを始めた。
今日は、お祝いなのだ。明るい雰囲気で盛り上げなければ。
部屋の四隅に置いてあるテーブルをひとつにして、上にサーモンピンクのテーブルクロスをかける。そして、花屋が先ほど運んできた色とりどりのガーベラとバラがメインのアレンジを中央に飾る。
「いや、春らしい感じじゃん。」
満足そうにエドがセッティングを眺めていると、不意にドアを叩く音がする。
「あれ、まだ早いよね。誰かな。」
今日のゲストの到着はまだ先だ。料理もこれからなのに。
そう思いながら、セインがドアを開けると、立っていたのはミルフィーユだった。
「ミルフィーユ!」
もう留学先に向かったのだとばかり思っていたセインは、驚いて声を高くした。
それに反応するように肩先を揺らしたミルフィーユは、笑顔を取り繕い、
「ごめんなさい。急にお邪魔して。」
「いや、別に。」
「何か、パーティでもあるの?」
入口から店内を覗き込み、いつもと違う様子に、ミルフィーユは訪問する時を誤ったのかと、少し不安げな表情を見せた。
「ミカエル展でミナが入選したんだ。そのお祝いに後でアトリエの皆がやってくるんだよ。」
エドが奥から顔を出し、ミルフィーユに愛想よく返すと、
「まあ、おめでとうございます。そうなんですか。良かった。」
心からそう思っている様子に、セインも嬉しくなって、
「本当に良かったよ。まあ、ミナは実力もあるし、他の人にはない独特のセンスがあるからね。」
「それは、セインの指導の賜物なのでしょ。」
笑いかけるミルフィーユから砂糖菓子のような甘い香りが漂ってきた。その香りを嗅いだ途端、セインは急にあの夜のことを思い出して、切なさにいてもたってもいられなくなった。
「まあ、そんなとこでなんだし、中に入ったら。」
エドが声をかけてくれなかったら、ふたりともぎこちないまま、入口に突っ立っているしかなかった。
「ああ、そうだ。入ってミルフィーユ。」
促すために彼女の腕に触れた途端、胸を締め付ける感じに、セインは身震いをした。
痛みは感じない。
まだ、俺はこの子に惚れている。
そう、再確認した。それは苦しいことなのに、どこか嬉しくくすぐったい思いでもあった。
カウンターにミルフィーユを座らせ、カフェオレを用意しているエドのそばに行き、カップを受け取る。カウンターから顔を覗かせたエドが、
「こないだはすまなかった。父上にはくれぐれもお礼を言っておいてくれ。」
エドは短く、彼女にカズマへの伝言を言づけた。それ以上のことは言わなくてもミルフィーユはエドガーの思いを理解した。
「伝えます。マスター。」
それを聞いて、エドは満足した表情で、
「じゃあ、俺は奥で料理の用意をしているから。ゆっくりしていってくれ。」
そう言い残すと、奥へ消えた。
カウンターでふたりきりになったセインは、どこに視線をおいていいか分からず、窓辺に視線を向けた。それに気づいたミルフィーユも同じように視線を窓辺に向けると、白い枠の写真立てに気がついた。
「まあ、これはひょっとして…セインのお母様?」
白い枠を手に取り、写真を覗き込むと、そうセインに訪ねた。
「ああ、どうも写真が残っていたらしいんだ。」
「目元とか、口元とか。ああ、あなたに似ているわね。」
写真とセインの顔を交互に見ながら、ミルフィーユは納得したように頷いた。
真正面から見た彼女の姿は、いつにも増して輝いていた。黒いモヘアのセーターに同色のグレンチェックのスカート。ダークブラウンのブーツ。同色のシュシュで髪をひとつに束ねている。髪をまとめている姿がいつもより大人びて見えた。同じように、今日初めて、真正面からセインの姿を捉えたミルフィーユは、頭の先からつま先までちらりと見やり、
「今日はとてもお洒落しているのね。」
「まあ、お祝いだからね。」
今日、三度目の同じセリフを口にしながら、笑顔を作ると、同じように笑顔を見せたミルフィーユが、不意にセインの側に寄り、その髪に触れた。
「切ってしまったのね。髪の毛。」




