助け舟
「あの時は心底ほっとしたなあ。」
昔話をするエドガーの横で、セインは懸命に幼少の頃の記憶をたどってみた。
まだ、4歳か5歳。薄らと覚えているといえば覚えているような気がするが、それは今のエドガーの話から紡ぎ出した想像の中の映像のような気もする。
「その後は?」
続きを促すと、
「セイン。お前は何度となく、何故ひとところに落ち着かず、各地を転々としたのか聞いたよな。あれは、俺が能力者で収容所を抜け出した脱走犯だからだ。足がつかないように職を転々とし、住まいを変えた。あの恐怖政治が終わるまで。」
「恐怖政治か。超能力者狩り。忌まわしい過去の産物だ。」
黙ってはいたが、自身も生まれつき特殊な能力を持つセインも同じことを考えていた。エドガーは吐き捨てるように言うと、今度は一転して声のトーンを落とし、
「時折、あの頃のことを思い出すことがある。お前を連れて各地を渡り歩いたが、何故か行く先々で、不思議と危機を回避することが出来た。あの収容所を抜け出した時に手を貸してくれた仲間たちは、次々と政府の超能力狩りにやられたが、何故か俺はいつも間一髪のところでその危機から免れていた。」
「どういうことだ?」
何も悪いことをしていないのに、何故そのような目にあうのか。エドの仲間もそして自分たちも。生きにくさを抱え続けながらも何とか日常を営んでいるのに、そのような罪人のような扱いがあったことにセインは憤りを感じていた。
「どこからともなく情報が入ってくるんだ。誰かがそのメッセージを持ってくる。政府や軍の動きを逐一教えてくれる。その出処がどこなのか、何もわからないけど、誰かが意図的に俺たちに情報を流してくれる。」
「それって?」
苦渋に満ちた眉間の皺。何年もの間、自分自身を責め続けながら生きてきたあの人。
セインの脳裏にカズマの気弱そうな表情が浮かんだ。
エドガーも同じことを思いながらこの数十年、生きてきたのだろう。深く頷き、
「俺もずっと考えていた。あの後も軍にいて俺たちに情報を流し続けてくれたのはあの男以外に考えられない。あいつは、俺がお前を連れていることを知っていたのかどうかはわからないが、助けられていたのは事実だ。そのことに感謝する反面、アメリアの死はあいつのせいだと、あいつを憎む気持ちも消すことが出来ず、そして・・・」
「そして?」
「・・・・ずっと、ずっと嫉妬していた。」
恥ずかしい過去を告白するように、エドガーは顔の筋肉を大きく収縮させて小さく言った。
それ以上は何も言わなくてもわかった。
死ぬ間際の最後の最後まで、アメリアが想っていたのはカズマひとりだった。幼い頃から側にいて姉のように慕い、カズマが消えた後も支え続けたエドガーには、アメリアは弟のような感情しか持っていなかったのだ。だが、エドガーは今でもアメリアのことを想っている。セインを育てるのに必死だったこともあるが、生活が落ち着いた今でも、恋はしても誰かひとりに気持ちを落ち着けることがないのはそのせいなのだろうと、セインは考えていた。
エドガーに何か声をかけてやりたかったが、思いつくことが出来ず、また、何か言って慰めたりすることも、エドが傷つくのではないかと思い、やはりセインは口をつぐんだまま車を走らせる他なかった。
エドは軍の収容所で一度だけカズマに出会ったことを思い出していた。最初の収容所からさらにレベルの高い能力者だけが集められている収容所へ移される時、門のところで警備にあたっていたカズマに出くわした。
〝アレンか?〟
目を見開き、驚いた表情を浮かべたカズマに食ってかかろうとして取り押さえられ、車に乗せられた。
あれから何年だ。
あいつはいつ軍を辞めたのだ。
過去のいろんなことが頭の中をぐるぐると回り続けた。




