エリシアの孤児院
タバコをダッシュボードの灰皿にもみ消しながらエドガーは、
「エリシアの孤児院でお前を見つけた時のあの気持ち。嬉しい気持ちよりお前が俺のことを覚えているか、一緒について来てくれるか、不安の方が優っていた。」
エドガーはシートに身を深く沈めると、昔の記憶をゆっくりと探るように深い呼吸をした。
「俺はエドのことを覚えていたのか?」
セインが尋ねると、エドは深く頷き、
「あのトウモロコシのような金色の髪は失われ、今のようなシルバーになっていたが、間違いなくお前だった。」
孤児院の遊具が散らばるフロアでは同じ年頃の子供たちが輪を作り、積み木やゲームに興じていたが、小さなセインはひとり外れて部屋の隅でじっと窓の外を眺めていたっけ。
〝あなたが探しているお子さんですか?〟
黒衣に白のスカーフを巻いたそこの院長である年老いたシスターが、優しく訪ねてきた。
〝この近くの川に流れ着いていたのを地元の農家の方が見つけて、ここへ連れて来てくださったの。あの子は、オラルドは・・・〟
「オラルド?」
「ええ。名前も何もわからないので、ここでの呼び名をつけました。あの子は自分の名前すら教えてはくれません。深く心を閉ざしています。オラルドは、かなり衰弱はしていましたが、他に外傷もなく、お医者様は奇跡だと言っていましたわ。すぐに身体は回復したのですが、ここへ来て2年程になるのに、私ども、ここの職員にも同じ年頃の子供たちにもあまり心を開いてくれなくて。ほとんどああやって一日外を眺めて過ごしているのです。」
シスターは軽く唇を噛み、悲しそうに目を細めた。
俺は、さっきから気になっている事を訪ねた。
「シスター。あの子の髪の毛は?」
「髪の毛?」
「ええ、とても美しい金髪だったのです。染めてあるのですか?」
シスターは驚き、
「いいえ。染めるなんて。あの子の髪の色は川で発見されたときからもうずっとあの色でしたよ。」
それを聞いて涙が滲んできた。シスターに気づかれまいと、喉の奥にこみ上げてくるものを飲み込み、言った。
「セイン・ガーランド。それがあの子の本当の名前です。連れて帰ります。」
ジョーイという名前を消した。セインはミドルネームだったが、悲しい過去と決別する為に俺もセインも新しく人生を歩んでいくために名を変えたのだ。
ゆっくりとセインに近づくと、彼は不思議そうに首を傾げ俺を見た。表情には戸惑いと、ホンの少しの珍しいものに対する興味みたいなものが見え隠れしていた。でも俺を怖がっていないことは直感した。
こんな小さな子に髪の毛の色が変わる程の心労を与えたのかと思うと胸が詰まった。彼が仲間の輪から離れていつもひとりでいたのは、彼のあの能力のためだろうと察しがついた。
人の心の声を聞くことを恐れ、自分の得体の知れない能力を拒み、彼はいつもひとりでいたのだ。
彼の背丈まで屈み込み、恐る恐る俺のことを覚えているかと聞くと、「川でザリガニを一緒に獲った?」とお前は小声で訪ねた。「そうだよ。小さいザリガニをバケツいっぱい獲ったよな。」そう言うと、初めて硬い表情を崩してほっとしたように肩から力を抜いた。その肩に手をやり引き寄せながら、
「一緒に行こう。」
そう言うと、間髪入れずに大きく頷いてくれた。




