荒れ狂う魂
「気がついたら病院のベッドの上だ。お前さんの父親はかすり傷ひとつ負ってはいなかったらしいが。何故か俺はガラスの破片で傷だらけだったらしい。で、その後、収容所送りだ。あんなことしでかしたんだからな。どうぞ、この薄汚い化け物を見てくださいってもんだからな。」
自虐的にエドは言い放った。
セインはショックで口を聞くことが出来なかった。母の死の真相を聞かされ、自分を道連れに河へ飛び込んだなんて予想すらしなかった事実に涙が出そうだった。そして、まさか、エドも俺と同じような能力を持っていたことも。だから、必死に俺の力を表ざたにしないように長年あんなに。
亡霊のように突っ立っているカズマは、うわ言のように、言い続けていた。
「父がそんな。アメリアはそのせいで。いや、私があの日。」
完全に混乱している様子だ。カズマには遠い昔の話ではない。彼は今真実を知ったばかりだ。時の流れは今焦点を合わせた。
眼に涙を溢れさせ、唇はわなわなと震え、立っているのもやっとという感じだ。
それにエドが追い討ちをかけるように大声を張り上げた。
「今までよく何も知らずにのうのうとしていたよな。次の日の朝、アメリアは何キロも離れた河川敷で見つかった。だけど、セインは、ジョーイはどれだけ捜しても見つからず、捜索は打ち切られた。俺がそれを知ったのは、収容所の中だけどな。」
「何故、何も知らない?収容所でお前に会ったな。お前は軍の幹部候補生としてあの収容所にいた。アメリアが死んだのに。セインも行方不明のまま。なのに何故あんな所にいたんだ。あの狂った政府に、軍にいいように動かされていただけだ。あの頃の軍人全てそうだ。お前にはプライドってもんがないのかよ!」
エドの声には怒りが感じられた。必死で抑えようとしていても憤怒が身体を突き抜ける激しさにエドも理性を保っているのがやっとのようだった。
軍にいたってどういうことだ?
カズマは大学教授だと聞いた。
母の死の真相。自分の生い立ち。カズマとエドの関係。長年、憎しみに耐えて過ごしてきたエドの半生。いろんな事実が波のように覆いかぶさってきた。息苦しさに胸が苦しくなる。それでも身体を起こそうとセインは必死に身体に力を入れた。
「くっ。」
体が動かない。頑丈なロープで縛られているみたいだ。
「ジョーイ。」
その様子を見て、よろよろとカズマが近寄ってきた。助け起こそうとしているのだ。
「セインに触るな!」
怒号がカズマの動きを止めたのと同時に、またもや突風が吹き荒れ、部屋中のあらゆるものが宙に待った。書類がばさばさと音を立てて床に円を描いた。
〝これはエドが動かしているのか。〟
驚いたセインが部屋の様子に気を取られていると、ガタンと大きな音がした。
音の方向に視線を向けると、カズマが部屋の隅に吹き飛ばされて身体を柱に打ち付けられ倒れるのが見えた。
「エド!」
思わず声を上げると、
「こいつのせいでアメリアは死んだんだ。お前がしっかりしていたらアメリアを守っていてくれたら。」
エドの表情は、何者かに精気を吸い取られて立っているのがやっとのようにも見え、逆に憤怒に体中の血が逆流して真っ赤に体中を強張らせているようにも見えた。どちらにしても、もはや彼の眼中にセインの姿はない。
この部屋に入ってきた時と同じように、彼の髪の毛は逆立ち、どす黒い顔色、きつく結んだ唇、怒りのせいか頬の筋肉がぴくぴくと波打っている。
〝何をする気だ。エド。〟
亡霊のように突っ立ったまま、動こうとしない彼を見て、セインの胸に嫌な予感が走った。
その視線の先には、カズマが倒れており、エドは真っ直ぐに彼を見据えている。
辛うじて手足が多少動きはするものの、起き上がることは出来ない。セインはあせった。額に冷や汗が滲んで伝った。
柱に打ちつけられたカズマは、気が抜けたように呆然と宙を見ている。今、ここで起こっていることがとても信じられないようだ。
柱が揺れ、窓のガラスがピシピシと嫌な音を立てた。床に散乱した書類は相変わらず円を描き宙に舞う。そのうち事務机や折りたたみの椅子が横揺れし始めたかと思うと、ゆっくりと宙に浮いた。
「なっ。」
セインにもカズマにも、目の前で起こっていることは映画や小説などのフィクションの世界で見聞きしたものだ。こんな光景はにわかに信じがたい。
〝落ち着け。落ち着くんだ。〟
心の中で必死に自分に言い聞かせた。
〝エド。〟
セインは彼の心の中に入ろうとやっきになった。だけど、この前と同じ、そこがらんどうで真っ黒な世界だった。何の感情もない。何の動きもない。
〝おかしい。〟
〝カズマ。お前だけは許せん。〟
閃光のようにセインの脳にエドの心の声が響いた。
「いかん。」
瞬時にエドが何をしようとしているのかを理解したセインは、腹に力を込めて持てる全ての力を集中した。やっと、肩先が動いた。
「エド。止めろ!」
セインの声はエドには聞こえないようだ。もはや彼の意識の中にはカズマしかいないようだ。彼の身体を赤黒いオーラが包んだかと思うと、宙に待っていた机や椅子がカズマをめがけて飛んだ。
「バランさん。逃げて!」
セインは眼をつぶった。もはやこれまでか。
そう観念したセインの視線の端に、金色の光りの破片のようなものが移った。
〝何だ。〟
同時に鈴の音が鳴るような女性の声が響いた。
「止めてください。マスター!」
声のする方向に恐る恐る眼をやると、倒れたカズマに重なるようにしてミルフィーユが手を広げ必死の形相でエドを見つめていた。




