欄干を越えたアメリア
慌ててエドガーは走り寄り、後ろから彼女を抱いた。
「離して。アレン。」
想い人を待ち続け、記念の日に現れた人物が、彼の父だったことは、彼女の鬱積した想いに火をつけて、一瞬にして彼女の思慮深い優しさを打ち砕き、今までの恨み、悲しみ、苦しみが噴出させた。
髪の毛を振り乱して、泣きじゃくるアメリアはまるで別人だった。
エドガーもその様子にうろたえたが、必死でアメリアを落ち着かせようと声をかけた。だけど、この状況に胸が詰まるのも彼自身同じで、かける言葉がなかった。
「帰ってください。」
ようやくの思いでカズマの父に声を掛けた。
「私は、彼女と話がしたくて・・・」
「話ならいつも聞いている。ジョーイを引き取りたいってことなら、お断りだ。何故、カズマは来ない。彼の居所は知っているんだろう!」
苛立ちが波の様にエドガーの足元から這い上がってきた。これ以上、カズマの父がここにいたら押さえが利かなくなる。自分の気持ちを落ち着かせようとエドガーは必死に怒りを堪えた。
「違う。その話じゃなくて・・」
言いかけたカズマの父の言葉を遮るようにアメリアが叫んだ。
「ジョーイは渡さないわ。カズマがいなくなって、ジョーイまでいなくなったら、私は、私は・・・」
母の鬼気迫る様子におびえて声もなく固まったように動かないジョーイを抱き上げ、アメリアが駆け出した。
「待って!アメリア。」
ただならぬ様子にエドガーは不安を覚え、アメリアを追った。
橋の袂まで来たアメリアは、はっとして立ち止まり、何かにとりつかれたようにふらふらと、橋の欄干を越えた。
「アメリア!」
慌てて追いかけたエドガーが欄干から身を乗り出し、必死で彼女の体を掴もうと腕を伸ばした。白いコートの裾に掌が触れた。咄嗟に握ったが、無常にもコートの裾はエドガーの掌からするりと抜けた。
その間僅か数秒。
アメリアは迷うでもなく、取り乱すこともなく、本当にごく自然に日常の諸事をこなすように、当たり前にその欄干を越えた。ジョーイを抱いたまま。
当初からこんな結末を知っていたかのように。
何が起こったのか咄嗟に理解できず、エドガーはだらりと腕を橋の欄干に伸ばしたまま、気が抜けたようにその場に座り込んだ。次の瞬間、大きな水音がして、人が落ちたことを知らせた。
「きゃあー!」
「人が落ちたぞ!」
その場が騒然となった。人が集まり始め、皆口々に騒ぎ立て、橋の上から川を覗き込んだ。
〝落ちた?〟
空白の意識の中で、その言葉がエドガーを覚醒させた。
〝落ちた?アメリアが?〟
〝何故?〟
アメリアとジョーイが河に落ちたということを事実として認識できないのに、激しい痛みだけが実感を伴ってエドガーの胸を打った。心臓が抉り取られるような痛みに耐えながら、エドガーは叫んだ。
「アメリア!何故だ!」




