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悲しみのクリスマス

 クリスマスのタロン河。セインがミルフィーユと橋の上で語り合い、路上で弾き語りを聞き、ココアを飲んだあの場所。あの場所と同じような風景が、アメリアの眼前に広がっていた。ここはエドとアメリアの出世の地。あの冬の日も同じように、白い粉雪が待っていた。

 アメリアは幼いセインの手を引いて、あの橋の上を何度も行ったり来たりした。

 夕暮れの橋の上には、人の姿もなく、橋の両脇に設置された丸い形の外灯に、ぽつりぽつりと灯りが灯っていく様子を、彼女は不安げな気持ちで眺めていた。

 白いコートの肩に、雪が舞い降り、心細げな母の様子に気がついたジョーイ、幼い日のセインは、彼女の手を握りじっとしていた。

「アメリア。」

 小走りに近づいたエドが声をかけると、彼女は弾かれたように振り向き、肩を落とした。

「何をしているの。こんな夕暮れに。」

 コックの上っ張りに、防寒用のジャケットを羽織ったエドが心配そうにアメリアの顔を覗き込むと、彼女は今にも泣きだしそうに唇を噛み締めた。

「アレン。」

「帰ろう。僕も今店が終わったんだ。クリスマスのチキンをもらったからさ。お母さんと皆で食べよう。」

 手にした袋を持ち上げると、食べ物だとわかったジョーイが嬉しそうに黄色い声をあげた。

「な、ジョーイ。」

「待って。アレン。」

 彼のジャケットをアメリアは引っ張り、

「カズマが来るかもしれないと思って。」

 訝しげにエドは振り返り、

「何故?カズマが?」

「クリスマスにはいつもこの橋の上で、欄干に灯る灯りを見たの。クリスマスにはこの河の両脇に彩られるイルミネーションを見ようって約束したの。毎年、ここにふたりで来ていたわ。だから、もしかして、カズマが覚えていたらここに来てくれるんじゃないかって。」

 アメリアがカズマと過ごした最後のクリスマスからちょうど一年が経っていた。

「だから、今年もここに・・・」

 うな垂れたアメリアが儚げで、愁いを帯びた表情が艶かしく、エドの嫉妬が最高点に達した。

「もう来ないよ。カズマは。」

 乱暴に言い捨て、連れて帰るためにジョーイの手を引っ張った。

「待って。アレン!」

 怯えたジョーイが泣き出し、アメリアはジョーイの身体を引き寄せた。

 その時、橋の向こうから近づいてくる人影が見えた。細身の長身の風貌は男と思われる骨格で、長いコートに帽子を被っていた。夕暮れ時で、帽子が影になり、顔がはっきりとわからなかったが、アメリアはその男をカズマだと思った。

「カズマ!」

 カズマがやって来たと思った彼女は、エドから引っ手繰るようにしてジョーイの手を引き、小走りにその男に近づいた。

 橋の中央まで来た男は、アメリアに声を掛けた。

「メリークリスマス。アメリア。」

 帽子を取ったその男。

「あなたは。」

 絶句して立ち止まったアメリアにその男は微笑みかけた。

「アメリア、話がしたいんだ。」

 カズマによく似た風貌。だが、カズマと違ってその瞳は有無を言わせぬ重圧感と押しの強さを感じさせた。気が弱く優しいカズマと正反対の性質を持つ。それはカズマの父だった。

「おじさま。」

 アメリアは信じられないといったふうに、首を振り、カズマは何故来ないのかと、彼に食ってかかかった。普段、取り乱すことのない彼女が、人目もはばからずに大声を上げ、彼の父を詰った。その様子に困惑したカズマの父がうろたえている様子を、ちらほらと橋の上を通りかかった通行人が訝しげに眺めて、通り過ぎた。


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