サイキックのアレン
血の気の失った顔でようやくカズマは口を開いた。
「アレン。サイキックのアレンか。」
何かの力に押されて壁際に吹っ飛んだセインを、呆然と見ていたカズマだったが、我に返ったようにエドを見つめ、信じられないといった表情を浮かべた。
〝サイキック?〟
〝アレン?〟
何のことだ。セインは訝しげにカズマの青白い顔を見つめた。
「・・お前は軍にいたんじゃないのか。」
押し殺した声でエドが答える。
〝軍にいたって、何のことだ。ふたりはどういった関係?〟
その時、セインの脳裏に、固い表情で〝アメリアが死んだのはあの男のせいだ。〟そう言ったエドが浮かんだ。多くを語らないエドに、一度だけ聞いたことがある。何故母親は死んだのか。その時、エドはそう言った。
あの男とは、この目の前にいるカズマ・バランのこと。
ミルフィーユの父親でもあるこの男のことを、エドは憎んでいる。それだけは確かなようだ。
「「何故ここに?何故ジョーイと一緒にいる?」
「あれから養成所を抜け出して、セインを探した。やっとこいつを捜しあてた時には、時の大統領は失墜し、亡命、養成所もすべて閉鎖になった。長い時間をかけて、いろんな場所を放浪し、やっとこの地に落ち着いた。俺もセインもやっと普通の生活を手に入れた。何故?こいつと一緒にいる?それは俺の台詞だ。お前こそ今頃、のこのこと何をしに。」
言葉尻が荒くなる。エドが真剣に怒っている様子に気後れしたが、セインは動かない身体で、やっとの思いで声を絞り出した。
「エド。教えてくれ。俺は何も知らない。母さんが何故死んだのか。何故エドはこの人を憎んでいるのか。何も知らない。もういいだろう。教えてくれ。」
怒りを露にして険しい表情を見せていたエドが、我に返ったように物憂げな表情になり、セインを見た。
「そうだな。すまない。今まで何も伝えていなかった。お前は何も知らなくていいと思っていた。俺の胸の中だけに仕舞っておいて、何事もなく平穏に日々が過ぎればそれでいいと思っていた。」
エドがそう言うと、セインを押さえつけていた力が緩んだ。
軽々と俺を吹き飛ばしたこの力。地震でもないのに揺れて倒れたグラス。
セインは先ほどカズマが言った言葉を理解した。
〝サイキックのアレン。〟
特殊な能力。自分の力とはまた違う種類の。エドが。まさか。
エドは肩で息をつくと、セインには話すことのなかった過去を語り始めた。
25年前。
アメリアは近所に住む幼馴染だった。事故で両親を失ったエドは、母親とふたりで暮らす4歳上のアメリアを姉のように慕っていた。
当時、17歳のアメリアは、ハイスクール時代からの恋人、カズマ・バランの子供を身ごもっていた。それがセインだ。
代々軍人の家系であるバラン家では、カズマを軍の要人にすることを目的に、大学の修士課程に進むことを諦めるように説得中であった。そして、カズマの父が懇意にしている軍の幹部の令嬢をバラン家に迎え入れる話も進んでいた。
本来、気が弱く優しい性質のカズマには、軍人になる要素もなく、子供の頃から好きだった数学の勉強を続けたかった。このまま大学に残り、教授か博士になりたかった。もちろん、両親は反対。アメリアの妊娠を知ったカズマは、家を出、ふたりは駆け落ち同然で、所帯を持ち、セインが産まれた。
苦しい生活だったが、いくつものバイトをかけ持ちし、大学に通いながら生活を続けるカズマとアメリアを、エドは嫉妬にも似た気持ちで見ていた。
その一年後。突然、カズマは姿を消した。
赤ん坊のセインを連れて、アメリアが戻ってきた。エドは、ハイスクールには進まず、コックの仕事をしながら、時折アメリアの家を訪れ、ふたりの様子を気にかけていた。




