遅れてきた男
2時間ほどでレセプションはお開きになった。
もうすぐ日没だ。初春の陽は短い。窓から入る光に暖かさを感じた午後のひと時が嘘のように、寒さが夕暮れとともに忍び込んできた。
ホールを後にして、セインは、寒そうにしているミナにコートをかけてやり、タクシーを呼んだ。
吹き抜けのガラス張りの広いロビーでタクシーを待っていると、帰途につく人たちと入れ替わりにひとりの男が入ってきた。小走りに玄関を入り、慌ててこの場にやってきたことが一目でわかった。年は50歳になるかならないかくらいで、細く面長の顔に黒い縁の眼鏡をかけた大人しく優しい感じの男性だった。
セインは目ざとくその男に意識を向けると、扉を少し開いてみた。直感的にあれがカズマ・バランではないかと思ったからだ。
〝ああ、もうレセプションは終わってしまったみたいだ。しまった。〟
受付の女性になにやら一言二言問い合わせをしている様子をセインはずっと見ていた。
〝明日の審査会しかないか。〟
気落ちしたように肩を下げ、脱いだコートを着なおし、玄関へ向かう男に、セインは声を掛けた。
「失礼ですが、ミカエル展の関係者の方で?」
「ええ。そうです。」
男はコートの襟を正しながら、セインに向き合った。その途端、その目に驚愕の色が浮かんだ。
「まさか。本当に。」
セインは直感した。カズマ・バランだ。
「カズマ・バランさん?」
「ええ。」
その声は震えていた。
ミナを帰したふたりは、陽の傾いた部屋でテーブルを挟んで向き合っていた。
自己紹介をしたセインに、ロビーに隣接するカフェで話をしないかとカズマが誘い、赴いたものの、夕刻の早い時間には閉まってしまう店内に片づけを始める店員の姿を見止めたセインは、明日にしましょうと切り出したが、どこか切羽詰った様子のカズマは、どうしても話したいことがあるのでと食い下がった。
こちらから声をかけたにもかかわらず、このバランという男と向き合うことに早くも尻込みし始めたセインだった。だが、カズマの真剣な表情を見ると、少しの罪の意識を感じ、部屋を借りる為に受付に赴いた。
受付の女性に申し出ると、展示室に隣接する準備室をお使いくださいとのことだった。それで鍵を借り、準備室に赴くことにした。




