気になる出席者
「ありがとうございます。お久しぶりです。」
「ええ、いつもお伺いしょうと思いながらご無沙汰してしまってすみません。」
「先ほど作品を拝見させて頂きました。将来が楽しみですね。」
「私の生徒を紹介させていただいてよろしいでしょうか。」
銀色の髪を後ろでひとつに結び、ジャケットを着て、紳士的に人の輪に入るセインには、いつもの少し冷たさを感じさせるぶっきらぼうな性質は影を潜めているように見えた。
年もまだ若く、小さな町のアトリエで数人の生徒を抱えているだけの画家であるセインだが、その才能は多くの人たちに認められており、腹をくくれば、自分よりもずっと年上の人たちや名士たちを相手に社交も交渉も無事にこなせる。ミナにはそんな彼が頼もしく見えた。
ふと、セインのひんやりとした手が、ドレスの肩に触れる。
ミナは少し胸が躍るのを感じた。目の前の紳士が眉尻を下げて笑顔を見せている。
「初めまして。ミナ・ロアンです。」
手を差し出すと、
「よろしく。ミス・ロアン。」
アルフレッド・モリッツ。
名前を聞けば誰もが知っている著名な画家だ。ミナも勿論知っている。
「ご高名はかねがね」
緊張を隠して笑顔を作る。
隣でセインは穏やかな笑顔を見せており、満足そうである。
ミナは、社交的で華があり、誰の前に出してもそつなく挨拶も出来、作品も画に対する情熱も申し分がない。セインはひとつ肩の荷を降ろした安堵感に充分満足していた。
「あちらでもう少しお話しませんか。」
シャンパンを手にしてモリッツがミナを誘った。ミナはセインに許可を求めるように上目遣いに彼を見たが、セインは頷き、モリッツに頭を下げた。
壁際のソファに腰を下ろしたふたりを見て、セインは改めて会場を見回してみた。
先ほどから気になることがあった。レセプションには、このミカエル展の殆どの関係者が出席しているはずだが、始まる際の列席者の紹介時に彼の姿がなかった。
カズマ・バラン。
どんな人物なのか見てみたかった。会うことは、大変な緊張を強いられることでもあるが、興味がないといえば嘘になる。もしかしたらミルフィーユの父親、それは自分の父でもあるという可能性は否定しきれない。そして、母の恋人であり、エドの恋敵。
心中は複雑であった。エドには憎しみの対象でしかないだろう男だが、ミルフィーユにとっては父親、そして自分にとっても。個人的にはそのバランという男に対しての感情は、思慕とも憎しみとも無関心とも何ともいえない気持ちであり、セインにとってはその存在を知らない方が、何もなくこのままエドとふたりだけの生活が続いていった方が良かったのかもしれない。自分の知りえないところで、もうひとつの世界があり、時は進んでいる。状況も刻々と変化している。自分とは関係ないと無視することも出来るが、それも今となっては無理である。鼻先にどうにもならない事実が突きつけられている気がして、セインはため息をついた。
ここでカズマ・バランに会わなくて良かったのかもしれない。だけど彼が審査会のメンバーに入っている以上、どこかでは顔を会わさなければならない。明日は審査会だ。バランも明日にはここへ赴くであろう。




