ミカエル展
ミカエル展は市街地に位置するこの大きなホールで行われる。
小、中、大ホールを貸しきって、作品を展示し、式典やレセプションが行われる。
初日の日程は、開催の式典、舞踊や演奏によるセレモニー、関係者で行われるレセプション。2日目は、作品の一般公開、審査会のメンバーによる顔合わせ、3日目は、作品の審査が行われ、閉会の式典が行われる。
セインは少し気が重かった。その3日間、ミナを伴いすべての行事に出席しなければならない。人が多く集まるところは苦手だ。今から神経が磨り減る思いがした。が、そんなことは言っていられない。何ヶ月も前から準備し、自分のアトリエの生徒がこの世界でやっていくことが出来るか、出来ないかの重大な分かれ道なのだから。
「よし、ミナ。頑張ろうな。」
「ふふ。珍しい。先生が張り切っている。」
無口で物静かな、この年下の師が気分を高揚させ、張り切っている様子が物珍しく、また頼もしくも見え、ミナは思わず微笑んだ。
開会式。地元の舞踊団や学生の吹奏楽の演奏などのセレモニーが行われた後、関係者だけのレセプションがある。出展者による作品と作家の紹介の他、ちょっとした懇親会が行われる。その懇親会がセインにとって一番苦になる時間だが、ミナを売り込む為に気持ちを新たにして臨んだ。
出展者やその関係者のほか、審査会のメンバー、画廊や美術館などの関係者などが多数出席をしている。
ブラッドオレンジのドレスに着替えたミナを連れて、会場に赴く。早速、メロウ画廊の店主に見つかる。
「作品の進み具合はいかがですかな。ガーランド先生。」
たっぷりとした口ひげを生やした初老の男性が近づき、笑顔を見せる。
〝お約束した作品はいつ納品して頂けるのかな。〟
頭の中に店主の声が響く。
「ごきげんよう。メロウさん。すみません、来月に一度お邪魔させていただきます。」
「いえ、いえ急ぐわけではないのですが、先生の作品を望まれる方がたくさんいましてね。」
いえ、そんなこと、謙遜する振りをしながら、ミナを押す。
「これは美しいレディ。」
ミナの手を取り挨拶をする店主に、
「うちの生徒です。今回作品を出展させていただいています。ミナ・ロアンです。」
ミナは花のように笑顔を店主に向け、挨拶をする。
「楽しみですな。是非、拝見させていただきます。」
会釈して店主が去ると、入れ替わるようにして次々と人が挨拶にやってくる。
「これは、ガーランド先生。こんな場でお目にかかるのも珍しいですな。」
「お久しぶりです。先生。たまにはうちのアトリエにも遊びにいらしてくださいな。」
「最近はどんな作品を?」
「こちらの方は、先生のお弟子さんですか?」
次から次へとやってくる人たちに、ぎこちない笑顔を作りながら挨拶をするセインを見て、ミナは目を丸くした。普段、無口で無愛想な師が、社交的に振舞う様も珍しいが、人がこんなに師のまわりを囲むとは意外な展開だった。
普段、外へ出歩くこともあまりなく、社交的ではない彼だが、作品は高く評価されていて、画廊におろせばすぐに買い手がつき、いろんな施設や店などから、飾りたいので描いて欲しいと依頼されることも多く、作品展をやらないかという誘いも多い。
こんな場に来れば、そういった人たちに囲まれることを承知の上でセインはやってきていた。すべてミナを売り出す為だ。彼は人が集う場所が苦手で、どちらかといえば引きこもって、黙々と作品を描いていたいタイプなので、こういった社交を要すること、作品で利益を生むこと、世に出すことなどの交渉は大変苦手であった。
だけどこれからは自分のことだけではなく、後に続く者たちのことを考えていかなければならない。




