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痛みと引き換えに

 セインはエドと向き合い、その目を見た時、鼻の奥がきな臭い匂いがして思わず涙が出そうになった。それを必死でこらえようとすればするほど、自分の意思とは関係なく涙腺が緩んで涙がみるみる視界を遮った。それを見られまいと思わず下を向く。

 いろんな思いが入り混じって混乱していた。

 読めない。

 読めないことは彼にとっては安堵することなのに、逆に不安になった。

 父親のこと、母親が死んだ理由。話してくれないのは何故だろう。何故、幼い俺を引き取って育ててくれたのか。町を転々と住み歩いたのは何故だったんだろう。 ミルフィーユの兄は俺なのか。ミルフィーユが姿を消したのは何故なんだろう。エドは何も話してくれない。だけど、エドは何もかも知っているような気がした。それを、勝手に心を読んで知ることはルール違反だと思っていたから、いつかエドが話してくれることを待っていた。

 今、どうしても知りたくて、待ちきれなくて、ルール違反を犯した。だが、エドの心が読めない。このブロックされている感じ。全く心が読めなかったミルフィーユの感触とは全く異なるものだ。

 驚きと戸惑いと、急に独りぼっちになったような心細さと、いろんな感情が渦巻いていて、自分の心さえコントロールできない。口を開くことも出来ず、ただ涙をこらえていると、不意にエドが肩に触れた。

「触れてもいいか。」

 遠慮がちに彼が聞いた。

 肩に置かれた掌から、電気のようなぴりぴりとした嫌な感触が身体にしみこんでくる。だけど、セインは頷いた。痛みを伴ってもいい。誰かに触れて欲しかった。きつく抱きしめて欲しかった。

「何もしてやれなくてごめん。」

〝慰めたくても抱きしめてやることすら出来ない。〟

 音を伴わないエドの声が聞こえた。

 セインは自分からエドの肩先に頭を持たせかけた。電流が走った。だけど、そのまま痛みをこらえてじっとする。触れたエドの肩先の体温を感じれば感じるほど、頭から足先まで痛みで体が痺れた。音にならない呻き声が思わず口から漏れると、驚いたエドが身体を離そうとする。それを拒むように、頭をエドの肩先になおも押し付ける。エドは恐る恐る両手を回し、セインの身体を抱いた。緩く囲まれた腕からも電流のような痛みがじわじわと押し寄せる。だけど、セインはそのままじっとしていた。

「痛いんだろう。お前。いいのか。」

「・・・いいんだ。」

 痛みと引きかえに確かな人のぬくもりが欲しかった。

 痛みと共に感じる人の体温にセインは不思議な安堵感を得ていた。

 エドだけだな。

 セインはそう思った。子供の頃から、今だって何があったって、どんな時だってエドだけは側にいてくれる。それがこんなふうに心を充たしてくれる。

 わからなくてもいい。わからなくても今こうしていてくれるだけでいい。


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