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お前は俺の息子だ

 コン、コン。

 何かが硬いものを突くような音にセインはびっくりして頭を上げた。

 どうやらエドを待っている間にうとうとしていたらしい。

 白っぽいコックの上っ張りのエド。まだ頬に幼さを残した若い頃のエドの姿が、車窓に映り、一瞬にして消えた。

「おい、何寝てるんだよ。」

 ツイードの帽子を被ったエドが不機嫌そうに車の窓を叩いている。

「あ、ごめん。」

 ドアを開けると、コーヒーの豆やら、酒瓶を入れた袋をいくつも抱えたエドが勢いよく運転席に向かって荷物を放り込んだ。

「ちょっと後ろに積んでくれよ。」

「わかってるよ。次は八百屋だ。」

 放り込まれた荷物を後ろの席へと移動しているセインの横へ、エドが滑り込んできた。

「はいはい。何なりと。」

 タバコに火をつけてリラックスした様子のエドを横目で睨んで、窓を全開にしたそして、乱れてはみ出した髪の毛を再度帽子に入れ込んでセインは車を発進させた。


 エドの店。

「ふう。疲れるなあ。買い出しは。」

 吹き込む雪と風を締め出すように乱暴にドアを閉め、エドは大きく息をついた。

「本当だ。しかも、この悪天候。」

 セインもやれやれといったように言い放ち、椅子に腰を下ろす。

 雪が薄っすら積もった帽子を脱ぐと、さらさらと音を立てるように銀糸の髪が肩に落ちた。ふたりして濡れたコートを脱ぎ、荷物を店のバックヤードに仕舞うと、やっとほっとした。

 エドは鼻歌を歌いながら、カウンターに立ち、コーヒー豆をひき始めた。

「ごくろうさん。今、うまいラテを作るから。」

「うん。」

 窓の外を見ると、セインが予測したとおり、天気は悪化の一途をたどっていた。湿った雪が大きな粒になり、ぼたぼたと音を立てるように降り続いていた。向こうの空には、灰色の雲が重苦しく立ち込めている。

「何か、気が滅入るよな。こんな天気。」

 誰にともなく呟くと、エドが反応して、

「まったくだ。」

と言いながらも、軽い調子の歌が口を付いて出る。

 エドはいつもこの調子だ。

 セインは思った。

 昔から、何か気が滅入ること。重大な問題。トラブル。悩み。そんなことが立て続けに起こったとしても、エドが深刻な様子で悩んだり、いらついたりしたところを見たことがない。いつも軽い調子で、鼻歌を歌い、何とかなるさといった感じでやり過ごしている。まあ、実際、何とかやり過ごしてきたんだけど。

「エドは気楽そうだなあ。」

「何が?」

 鼻までずり落ちた眼鏡のフレームを指で押し上げながら、エドが反応する。

 それには応えず、視線を逸らしため息をついたセインに、

「わかっている。ミル、どこいったんだろうね。また戻ってくるのかな。俺には少しの間休ませてくれとしか言わなかったからね。」

 ミルフィーユのことを話題に出され、敏感に肩が反応して浮き上がる。

 俯いたセインの前に、湯気の立ったラテのカップを前に置き、手前の椅子に同じようにラテのカップを手にして、エドが座った。

「他に、何か聞いてる?」

 カップに視線を落としたまま、セインが尋ねると、

「ううん。別に。最後に会ったというか、一緒にいたのはお前だろ。何か聞いたか?」

 逆にエドに尋ねられた。セインは、少し迷ってパーティの後で部屋に呼んだことを話した。

「へえ、やるじゃん。」

「茶化すなよ。」

「悪い、悪い。で?」

 セインは、彼女を押し倒して事に及ぼうとしたことだけは省いて、ふたりで話したことなどをありのままエドに伝えた。

 セインの頭の中には思い当たる節がふたつあった。ミルフィーユが姿を消した理由。ひとつは、自分の特殊な能力をミルフィーユに告白したせい。もうひとつは・・・。

「ふうん。なるほど。」

 じっと聞いていたエドは、眉根を寄せ、少し困ったような表情で、

「兄貴を捜しているということは聞いていた。」

「え、そうなのか。」

「詳しいことは知らんがな。この店で雇って欲しいと彼女が来たとき、住所を聞いたらこの辺りの町ではないんだ。変に思って聞いてみると、兄貴がこの辺りにいるらしいと聞いたので捜しに来たと言うんだ。それに俺の店には、いろんな人間が出入りするから、この店で働いているうちに何か兄貴の情報がつかめるのではないかと思ったらしい。」

「そうか。」

 セインは少なからずショックだった。ミルフィーユのことで、自分より先にエドが知っていたことがあることにセインは嫉妬していた。

 ふたりとも貝のように口をつぐんでしまった。次の言葉が見つからない。

 沈黙が続いた。店の窓には相変わらず風をはらんだ雪が叩きつけるように降っていた。エドが口を開いた。

「読んだか。」

「ごめん。怖くて口に出せない。」

 エドの心を読んだ。

〝兄貴ってお前のことなのか。〟

 同じことをセインも思ったからだ。確信はないが、この辺りに住んでいる兄。年の頃もセインと同じくらいだ。そして、母親の琥珀のペンダントを見せた時のミルフィーユの戸惑いと驚き、そして悲しみが入り混じったような複雑な表情。私生児で生まれた自分。

 でも、エドは俺の父親のことを知っている。もしかしたらミルフィーユの父親でもあるが。

「エドは知っているんだろう。何もかも。俺の父親のことも。」

 エドは黙っている。心を読もうとした。が、エドの心の扉は硬く頑丈に閉まっていて、こじ開けようとすると逆に得体の知れない何か大きな力で跳ね返されてしまった。

 びっくりして顔を上げると、いつもの軽い調子の笑みを浮かべたエドはそこにはいなかった。難しい困惑した表情をして、セインを見つめていた。その瞳には悲しみと同時に慈しむような愛情のようなものが感じられた。

「ひとつ聞いてもいいか。」

「何を。」

「ミルフィーユの父親って、何をしている人間だ。」

「大学の教授だって聞いたが。」

 それを聞いたエドは首を傾げ、戸惑った表情を浮かべた。だが、数秒後、口を硬く結んだエドの目に力が宿った。軽く息を吐き、

「お前は俺の息子だ。」

 そうはっきり言った。その口調は強さと確信と、深い思いが感じられた。


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