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特殊な力

 あれから20年か。

 遠い昔の記憶。だが、あの時の痛み、おぞましさ、恐怖。その感覚だけが断片的にセインの身体にまとわりついて今も消えない。

 あの時のエドは知っていた。セインの特殊な能力を。それでも人の多い場所に連れて行ったのは何故なんだろう。人を避けた生活をしながら、大人に成長していくことが不自然で、実社会に生きていく人間として無理があることだとエドは考えていたと思う。だから連れて行こうとしたのか。それとも、まだ20歳そこそこの若者だったエドには、そこまで深い考えもなかったのかもしれない。あれこれ思いを巡らせても、あの事件はエドが悪意を持ってセインを市場へ連れて行ったのではないことだけは明白で、そのことはセインもよくわかっていた。

 あの後、エドはセインに力を封じる方法を根気よく教えた。小学校に上がるかあがらないかの幼いセインにとって、伝授されるその行いが難しくもあったが、感覚的なものはすぐに身につく感の良さでほどなくマスターし、自分の能力をコントロールすることをゲームのひとつのように思っていた。

 何故エドが必死にその力を封じ、コントロールする術を教えようとしていたのか幼いセインにはわからなかった。だから、時折ゲームのように人の心を読んで得意になった。

 だが、転々とした町で、せっかく出来た友達の心を読んだ。次々と友達が周りから去っていくのを見て、初めて人の心を読むことが罪悪だと知った。それからは遊び半分でその力を使うことをやめた。

 エドは必死だったような気がする。セインの能力が表ざたにならないように。だけど、それはセインの本質を押し込めることには変わりはなかったし、それを恥のようにエドが感じているようにも思え、セインは長い間エドに不信感を持っていた。


 今は何だろう。昔ほど主観的でもなく、自分のことをどこか醒めた目で諦めたように見ているセインにとって、エドがどう思ってあんな方法をマスターさせたのか、今はどうでもいいように思えた。最もそのおかげで、好きな画で仕事も出来、社会的にも充分ではないがやっていける。エドが自分のことを考えて、必死で育ててくれたことは真実だから。


 幼いセインの前でエドは必死の形相で言った。

〝人の前でこのことを言っちゃいけない。絶対に。〟

 それから、急に泣きそうな情けない顔になったエドが、セインの顔を覗き込む。


 息を大きく吸って、ゆっくりと鼻から息を吐く。

 目と目の間に神経を集中させて。ゆっくり、ゆっくり。

 胸の中に何か入ってきそうな感じがしたら、扉を作って。

 頭の中で、大きくて分厚くて、頑丈な取っ手がついているドアを想像して。そのドアをゆっくり閉めるんだ。ドアの内側には白く光る繭みたいなものがあるんだ。その繭みたいな光を腕で抱えるようにして、ゆっくりとドアの向こうに閉じ込めるんだ。

 いいかい。

 ゆっくりだよ。ゆっくり。少しずつでいいんだ。


 長椅子に横たわった俺の脇にエドがいる。

 すぐ横の椅子に腰掛けて、俺の額に手を当てている。じわりと熱を帯びた彼の手から光みたいな眩しい何かがゆっくりと頭の中に入り込んでくる。彼の熱を感じながらゆっくりと腹から肺から息を吐き出している俺の姿が見える。

 そこは現実の空間か。夢か。どの世界なんだろう。

 ふんわりと体が少しずつ宙に浮いていくような気がする。

 心地よい。とても気持ちがいい。


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