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琥珀のネックレス

 また、ソファに戻り腰をかけ、時間をかけてゆっくりとコーヒーを啜りながら、あの夜のことを思い出す。ふと思い立ち、部屋の隅にあるキャビネットからハンカチでくるんだ包みを取り出す。

 掌に包みを乗せ、丁寧にハンカチを開くと、ネックレスが出てきた。

 長い金のボールチェーンの先には、琥珀色の石がぶら下がっていた。琥珀には幾重もの波のような模様が掘り込んであり、チェーンと石の繋ぎ目には金の飾りが細工してある。石の大きさは親指ほどあり割に大振りな感じがした。

 これが何だって言うんだろ。

 セインはネックレスを目の前でぶらつかせ、考え込んだ。

 いや、考え込むほどのことでもなく、薄っすらと答えはわかっていた。ただ、確信もなく、それが事実だとしたらあまりにも認めたくないことで、いかに現実逃避をするか、そればかりを考えていた。

 それはセインの母親、アメリアの形見だった。

 エドが持っていた物で、大学に入った年、記念にと、エドから譲り受けたものだった。美しい琥珀色が気に入って、大事にしていたものだった。身に装飾品をつけることが好きではなく、もっともこのネックレスは女性物だと思っているからセインは身につけることもなく、キャビネットの奥に大事にしまい、ときおり取り出しては眺め、記憶のない母をあれこれと想像するだけであったが。

 これを見た時のミルフィーユの表情。

〝写真はないんだけど、母さんの形見があるんだ。〟

 そう言って、このネックレスを取り出し、ミルフィーユに渡した。

 ミルフィーユはこれを見て、訝しげな顔をし、黙り込んでしまった。

 人は、驚きを表に出すときは、声を上げたり、目を丸くしたり、ふいに笑ったり、怒ったり、何らかの感情を表現する。そのときのミルフィーユは、そんな感情を内に無理やりに押し込んで、思案しあぐねているように見えた。

 ミルフィーユはこのネックレスを見て、何か思い当たることがあったに違いない。それはなんだろう。

〝このネックレスがどうかした?〟

 そう聞こうとした。だけど、聞かないほうがいいような気がした。何故かはわからない。その理由をここで明白にすることは恐ろしい気がした。それでセインは、

〝綺麗だろう。〟そう言って、ミルフィーユの掌からそっと取り上げて、無理に笑顔を作った。

 ミルフィーユもぎこちなく、〝そうね。とても綺麗だわ。お母様の形見なら大事にしなくちゃね。〟そう言って目を伏せた。

 それから、ミルフィーユはセインと目を合わすことなく、そろそろ帰るわと腰を上げた。

〝送るよ。〟

 セインは彼女のコートをハンガーからはずし、自分も上着を手に取ったが、それをミルフィーユは制した。

〝大丈夫よ。今日はここで。〟

〝いや、もう遅いし。雪も降っている。送るよ。〟

 再度口を開きかけたが、ミルフィーユの表情は硬く、有無を言わせぬ強靭さがあった。


 ああ、あそこでもうちょっと強引に送っていけばよかったのかな。

 そのときの情景を思い浮かべるたびに、後悔と自分のふがいなさに腹立たしくなる。

 何か引っかかる。

 このネックレスを目にした途端、ミルフィーユの態度が変わった。いや、そうだろうか。それ以前からも何か。部屋に来たときから。それとも、自分のこの忌まわしい力を告白したときから。

 あれこれと考えてみたが、よくわからなかった。ミルフィーユに嫌われてしまったのだろうか。あのまま姿を消したというのが何よりの証拠か。それとも、事件に巻き込まれたとか、行方不明とか。いやいや実家に帰ったのか。もう留学先に旅立ったのか。

 いろいろ考えては見たが、どれもぴんと来ない。

 訳がわからない。不可思議だ。

 こういう気分って一番嫌だな。

 寝転がって考えていると、自分のいろんな思念に押し潰されそうになる。

 起き上がって、外を見る。雪がちらちらしていたが、気分転換にどこか出かけるか、そう思った瞬間、電話が鳴った。

「おい、これから市場へ付き合わんか。」

 エドだった。

「市場?」


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