画に描かれている雲
じっと考え込んでいる様子のミルフィーユが、ふと手元にあったバックを引き寄せ、中から一枚の写真を取り出した。隣に腰掛けると、ミルフィーユは写真をセインに渡した。
「兄さんの写真を見て。」
「兄さん?」
写真には小さな男の子が写っていた。年は2歳くらいだろうか。幼児特有のふっくらとした体型に何故か顔立ちがひどく大人びた感じのする子供だった。
「綺麗な金髪だ。」
その子供もミルフィーユのような金の髪をしていた。光の輪のようだ。
「パパが一枚だけ持っていたの。」
「そう。」
「美しい金髪はバラン家の血筋なのかな。」
そう尋ねると、
「どうなのかしら。パパは濃いブロンドだけど。」
ふと、ミルフィーユの髪に触れてみたい衝動に駆られて、彼女を引き寄せ髪を手繰り寄せる。
「俺の母親も美しいブロンドだったそうだ。」
「お母様も?」
頷くと、
「写真ある?見てみたいわ。どんな方だったのかしら。」
セインは寂しそうに首を振った。
「写真ないんだ。母さんの実家は、だいぶ昔に火事にあって何もかも燃えてしまったんだ。だから母さんがどんな顔をしていて、どんな髪の色だったのか、痩せていたのか、ふっくらとしていたのか、想像するだけだ。」
つられてミルフィーユも悲しげにため息を漏らしてセインの手を取った。
「そうなの。寂しいわね。」
ミルフィーユに軽く握られた手が熱を持ったように急速に暖かくなっていく。心臓の音がすぐ近くで聞こえるようだ。
「エドなら一枚くらいは持っているかも。」
「マスターが?」
エドがセインの母親とどんなつながりなのか知る由もないミルフィーユは少し不思議そうに首をかしげた。
「エドは俺の母親と幼馴染だったんだ。母さんが綺麗なブロンドだったこと、手先が器用で何でも自分で作っていたことや、頭が良くて、おっとりとした物静かな人だったことや、全部エドに聞いたんだ。自分には母親の記憶が何ひとつないからね。」
「マスターはセインのお母さんが好きだったの?」
セインは頷き、
「何故母さんと結婚しなかったか不思議なんだけど。母さんが死んでから俺を引き取って育ててくれた。」
「セインにとって父親はマスター?」
セインはちょっと考えてから、
「そんなにめちゃくちゃ年も離れていないから、父親って感じじゃないけど、そうだな。家族か。唯一信用できる人間だ。俺にとって。」
「セインにとって本当のお父さんってどんな存在なの。」
「・・・・画に描かれている雲・・・・・」
「雲?」
思い付きだった。どこかの展覧会で目にした画。バニラ色の空にくすんだように浮かぶ灰色の雲。周りの風景もなく、空からさす光もなく、ただただ空に無言で浮かぶ雲。とらえどころもなく、感情も言葉もない。近くに見えても遠くただそこに浮かぶだけの存在。
実在はしていても、手に届くはずもなく、遠く不確かな存在。
たぶんそんなイメージ。
「雲ね・・」
ミルフィーユは何となく理解したように小さく頷いた。




