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ミルフィーユの探し物

 カウンター越しに紅茶を入れたカップをミルフィーユに手渡すと、手を温めるように掌で包み込んだ。

「少し寒くなったわ。」

「酔いが醒めてきたようだな。」

 ばら色に上気させた頬が少し白くなっていた。

ストーブの火を大きくし、彼女の肩にブランケットを掛けてやった。

「ありがとう。」

 彼女の横に腰掛けて、ストーブの火を見る。ゴォォと微かに燃料が燃える音がする。

 ストーブのオレンジ色の火を見ていると気が休まった。

「暖かくなってきたわ。」

 紅茶を口に含みながらミルフィーユが言った。

「そう。よかった。」

 同じようにカップを手で包み込みながら、セインは尋ねた。

「さっきパーティで君のことを知りたいって言った。」

 ミルフィーユは素直で明るい。何でもオープンにする気質のようだが、自分のことを話すところを聞いたことがない。

「海老とアボガドが好きだってことはわかったけど。」

 ミルフィーユはまたくすりと笑った。

 それを見るとどこかくすぐったいような嬉しい気持ちになる。

 君はどこから来たの。天国かな。黄金に輝く髪は、薄暗い冬の夜、この部屋を微かに照らしているように見える。

「ずっと一緒にいられるかな?これからも。」

 付き合って欲しいとの意をこめて、セインは真面目な顔をした。

 それを聞くと、ミルフィーユは少し困ったように眉の根を寄せて、首を微かに傾げた。

「私もセインと一緒にいたいわ。だけど、来年の春に私ドイツに行くの。」

「ドイツ?」

 衝撃だった。やっと安らぎを手に入れたと思った矢先に聞かされた杞憂な事実。


「私、ピアニストになりたいの。エイモア音大に通っているの。本当は。」

「大学生か?」

 ミルフィーユは頷いた。

 なるほど、クラッシクしか弾けないと言っていたっけ。セインは納得したと同時に、胸の内に黒い雲が立ち込めるように気が重くなるのを感じた。

「今度、大学から派遣されて勉強に行くことになったのだけど、行くと少しの間帰ってこられなくなるわ。」

 ミルフィーユはセインを気遣ってか、期間は口にしなかった。

 セインは、ミルフィーユが離れていくことがショックで、心ここにあらずだ。

だが、ミルフィーユは伝えたいことが他にもあるらしく、そわそわと早口で、

「その、前から気がかりなことがあって。」

「気がかりなこと?」

 セインが尋ねると、ミルフィーユは言葉を探すように宙を見上げ、

「ドイツへ行く前に、探したかったの。父から離れてアパートを借り、この町に来たのはそのためなの。」

「どんなこと?何を探しているの。」

 ミルフィーユは探しものをしていた。この町にはそれがあるのだろうか。

「兄よ。」

「兄?」

 彼女が家族のことを口にしたのは初めてだった。父親とふたりだと言った。母親を亡くしているのだという共通点しか、セインは気に留めていなかった。兄弟がいても不思議ではない。

「一緒に住んでいるんじゃないのかい。」

 セインが口を開くと、

「兄がいることを最近知ったの。ずっとひとりっ子だと思っていたの。びっくりしたわ。」

 ミルフィーユは一気に事情を話した。


 子供の頃、母親を病気で亡くした。父はそれがかなりショックだったらしく、何年もの間、妻を思い出しては塞ぎこんでいる日々が続いた。日中仕事をこなし、家に帰ると疲れ果てた様子で、娘に、

「ママが死んだのはパパのせいだ。」

 時折そう呟いて、ミルフィーユにすまないと頭を垂れた。

 何とか父に元気になってもらいたくて、ミルフィーユは一生懸命明るく父に接した。父に料理を作り、ピアノも一生懸命練習した。コンテストで何度も優勝し、トロフィーを掲げて家に帰宅すると、そのときばかりは父もはちきれんばかりの笑顔を見せて、ミルフィーユを抱き上げて喜んだ。

 だが、彼の心がすっきりと晴れることはなかった。

 ある日、父が娘にすべてを話して、許しを請うたことがある。

「ママが病気だったことをもっと早く気がついてやれば、もっとママとお前と過ごす時間を持っていれば、わかったことだった。パパを許して欲しい。」

 ミルフィーユは、母親が亡くなったのは病気のせいで、病気にかかったのは父親のせいではないとわかっていた。何故、父がそんなに母のことを自分のせいだと責めるのか理解できなかった。

 父は言った。

「パパは女性を不幸にする。お前のママを幸せに出来なかった。そればかりかママと結婚する前に付き合っていた人がいたが、その人も幸せにすることが出来なかった。パパは駄目な人間なんだ。」

 結婚する前に付き合っていた人。

 ミルフィーユには初耳だった。


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