表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/63

救われる

 ロン。

彼はパン屋の職人で、生徒のひとりであるロンを思い浮かべた。 

ロンも自分の気持ちを表現したり、人と関わることが得意ではない人間だ。貧しくて画を習うことが出来ない彼の気持ちを読んだことがある。

 彼は心の底では、自分を表現したくて、自分をわかって欲しくて仕方がない思いを抱えていた。それを表に出そうとすると、顔がひくひくと強張り、声がうまく出てこない。彼もセインのように、人と関わることを諦めて久しかった。

 自分の分身を見るようで、居たたまれなく、セインは彼に声を掛けた。

〝画を描いてみないか。〟

 セインに絵の具やキャンバスを借りることを躊躇し、ロンは首を振ったが、半ば強引にセインは自分のアトリエに彼を呼んだ。

 画を描くようになってからのロンは、日増しに明るくなっていった。無口で殆ど話をすることはないが、顔を見ればわかる。画を描くことに自分の生きがいを見出していた。それと同時に、パン職人の働きも徐々に認められるようになり、少しずついろんな仕事を任せられるようになっていた。


 ロンのことを考えていると、逆にミルフィーユはセインの心を読んで納得したように満足気に微笑んだ。

〝でしょ。〟

 ミルフィーユの素直さ、前向きな考え方。セインにはないものばかりで、彼はそれらを手に入れたいと狂おしいばかりに、胸が苦しくなった。だけど、それは嫉妬や羨望ではない。その資質に手を触れた嬉しさと、今までに感じたことのない充足感に胸が苦しくなった。

 反射的にミルフィーユの身体をきつく抱きしめた。ミルフィーユはびっくりしたようで一瞬、身を硬くしたが、彼の腕の中で力を抜いた。

 そのまま彼女の唇を求める。微かに花の匂いがしたような気がした。

 やはり痛みは感じない。ふんわりとして暖かい気のようなものを感じる。

 だが、ミルフィーユの反応は消極的なものだった。セインは自分だけが盛り上がっているような気がした。ミルフィーユは落ち着いていて冷静で、どこかその唇は冷やりとした空気を含んでいるような気がした。

 ほんの少しの違和感を抱いて、セインはミルフィーユから顔を離し、目を合わせた。

 拒絶しているふうではないが、少し迷っている。そんな感じがした。

 それ以上進むことは諦め、セインはミルフィーユの肩を抱いたまま、そっと深呼吸した。熱くなった身体を少し冷ます必要があるようだ。

「ありがとう。不思議な感じだ。君が言ったようなこと考えたこともなかった。自分は疎まれて、遠めに好奇の目で見られうる存在でしかないと思っていたから。」

 横でミルフィーユはくすりと笑い、

「誰でも突起しているものがあるわ。それがいろいろなだけ。セインのその力は無駄ではないはずだし、何かしら意味があるのよ。」

「君にも突起しているものがあるね。」

 ミルフィーユは首を傾げて、

「何かしら?」

「そういう馬鹿素直な物の考え方だ。」

「まあ。」

 セインの辛口な物言いにミルフィーユは怒ったように口を尖らせた。だけど目は笑っている。

「お茶を入れるよ。」

 セインはベッドから立ち上がりお茶を入れにキッチンに立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ