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金色の輪

「メリークリスマス。ロナルド。何にしましょう。」

 ミルフィーユはいつものように愛想よく、常連の男に尋ねた。

「そうだなあ。クリスマスっぽいのだな。せっかくだから。」

 リクエストといった割には何も考えていなかったのか、ロナルドと呼ばれた男は腕組をして考える振りをした。それを見て、脇にいたセインのアトリエの生徒が、〝ジョン・レノンのあの曲は?〟と助け舟を出した。

 ミルフィーユとセインは顔を見合わせて、笑った。

「So This is Christmas!」


 あの時、橋の上でミルフィーユと聴いた曲。

So this is Christmas

And what have you done

Another year over

A new one just begun


 セインは視線をミルフィーユに向け、身体をカウンターにもたせかけ、じっと聞いていた。

 ミルフィーユは時折鍵盤から視線を上げて、セインをちらりと見やる。

 まるで俺たちふたりで秘密を共有しているようだ。

 セインは何だか嬉しくなってきた。

「いいクリスマスになったようだな。」

 エドもやはり嬉しそうにセインに話しかけてきた。

 心を見透かされているようでセインは恥ずかしさにエドから視線をはずした。エドは何もかもわかっているといわんばかりで、にやにやと目尻を下げてセインとミルフィーユの両方に視線を泳がせる。

「先生。」

 脇にアトリエの生徒がやってきた。

「やあ、ナイジェル。」

 ナイジェルと呼ばれた青年は手招きをした。

「先生も歌いましょう。」

And so this is Christmas

I hope you have fun

The near and the dear ones

The old and the young

 ミルフィーユのピアノの周りに人の輪が出来ていた。

 皆この歌が好きなようだ。客たちが楽しそうに身体を揺すりながら、曲に合わせて声を上げていた。どの人も笑顔で、温かい雰囲気が漂っていて、それを見ているだけでセインは心が安らぐのを感じていた。扉が少し開きかけていた。少しずつ人々の心が入り込んでくる。だけど、それは穏やかな浅瀬に寄せる波のように、ゆっくりと心を癒す感情だった。どの人も歌に合わせて心をひとつにしていて、そこには悪意とか悲しみとか苛立ちとか、そういった負の感情ではなく、その場を、その時を楽しむ真っ白な何にも汚されていない純粋な人の心が響いていた。

A merry merry Christmas

And a happy New Year

Let's hope it's a good one

Without any fear

 その輪の中心にミルフィーユがいる。

 やはりピエタ像のマリアだ、とセインは思った。

A merry merry Christmas

And a happy New Year

Let's hope it's a good one

Without any fear

 天井から吊るされたクリスマスのイルミネーションの灯りに、ミルフィーユの金色の髪がクリスマスと新しい年を迎える祝福のようにきらきらと輝いていた。


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